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「…ふふ…しかし、何も私は、勝手にユンファさんを連れ出すとまでは言っていないじゃないですか。――こうして私は、あくまでもきちんと正当に、貴方にお 伺 い し て い る 。…彼を一週間程度、お借しください、とね。」
「………、…」
お 伺 い し て い る 、というよりは――ケグリ氏とはまた違った、それこそ脅迫に近い口振りのような気もするのだが。…というか、…僕が五条ヲク家の生まれって?
いや、今にも聞きたいところだが、今は確実に、僕がそれを聞き出せるシチュエーションではない。
そして、あれほど言い募っていたケグリ氏だが、さすがに九条ヲク家の権威が怖いのか――かなり悔しげな顔をしつつも、…折れた。
「…っわ、わかりましたよ、…ただ、本当に一週間で返してくれるんでしょうね、…じゃなきゃ困りま…」
「いえ。それに関しては、と り あ え ず の と こ ろ の 期 間 です。――期間を延長する場合も、あるいは数日でお返しする場合もあるかと。…その件に関しましては、追ってこの店の番号にご連絡いたしますので。」
さらりと事もなげにそう告げたソンジュさんはその後、テーブルの上にある灰皿にタバコを押し付けて、それの火をもみ消している。――ただぼーっと、彼のその鷹揚 な動きを見ていたケグリ氏は、ややあってソンジュさんへ向け、険しい顔を横に振った。
「……いやいや、そりゃ困りますよ、――ユンファはいまや我が家の一員なんだ、家の中のこともやってくれておりますし、…」
「え…っ? ははは、いや信じられません。」
そう馬鹿にしたように高く笑ったソンジュさんはまっすぐに姿勢良く立つと、タバコの火を消したその手を自分の、顎に添え――くいとその小さい顔を疑問です、というように傾ける。…ただ口元は、ニヤニヤしているが。
「…まさか…、いえ、まさかとは思いますがね。…ユンファさんのほかに、大の大人が三人もいて…? 家事のひとつも、誰一人できないというのですか?」
「…っですから、私どもも毎日忙しく仕事をしておりましてね、…」
「…いえ思うに、貴方がたの中で一番忙しくお仕事をなさっていたのは、誰よりもユンファさんかと。――この店で昼夜働いている上、“DONKEY”でも働いて…しかも毎日毎日、下 手 な 赤 ん 坊 よ り も 厄 介 な 貴 方 が た の面倒まで見て、…その上彼に、家事やら炊事やらまで押し付けていたと?」
「…それは、……」
そ の 事 実 を、ソンジュさんの快活な言葉に突き付けられたケグリ氏は、言い淀んだが――ソンジュさんは、その攻めの手を緩めることはなく。
「ははっ…いやはや、それはそれは…なんて情けないことでしょうか。ケグリさんが十条の名を名乗れなかったのにも、やはり理由があったのですね…――いえ。では、性奴隷兼、家政婦となれる者でも派遣いたしましょうか…? ふっ…致し方ありません、大 き な 変 態 の 赤 ん 坊 が三匹集まっていたところで、そりゃあ何もできませんものね。」
そう小馬鹿にした笑みを含めてまくし立てたソンジュさんは、ふふ、と笑いながらもう反対に、その顔を傾けて。
「…いやぁお可哀想に…還暦間近ともなって、貴方、まだマ マ が必要なのですか。ご子息に関しても、もうとうに三十を越えてらっしゃるでしょうに…――いえ、まあ結構なんじゃないですか。世の中にそういう方がいらっしゃっても、今は多 様 性 の 時 代 ですから…ふふ…そのように、貴方がたがたっぷり甘えられるような方を、私のほうで手配いたしましょう…?」
「……っ、…っ」
ケグリ氏の横顔が、恥辱と屈辱に醜く歪んだ。
もはや僕に自分をかばえ、ともできないらしいケグリ氏は、ただひたすら歯噛みしている。
「……、…」
完全に、清々しいほどの皮肉である。
ただ正直いうと、僕はかなりスカッとした――。
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