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ソンジュさんは、僕を抱き締めてくれたあと、僕の肩を持って反転させる。――つまり、僕があの赤いスポーツカーを背にしている格好となって、ソンジュさんは僕の目の前に立ち。
「…さて…ではユンファさん。お荷物、家までお預かり…」
「……、い、いえ、ソンジュさん…」
ただ――思えば僕は、彼にそうしてわざわざトレンチコートを借りる必要などないではないか。
自業自得なんだし、車ならソンジュさんが恥ずかしい思いをすることもないんだし――これは、僕が馬鹿だったお仕置きなんだし。
僕はソンジュさんの優しさが嬉しかった。――でも、だからこそ申し訳ないと思っている。…僕は顔を伏せた。というよりは、彼に軽く頭を下げているつもりだ。
「…お気持ちは有り難いんですが、僕の自業自得ですから……」
「……、なんですって…?」
「…いえ、貴方が恥ずかしい思いをしないなら、僕はわざわざコートをお借りする必要はありません。そこまでしていただかなくても、僕は大丈夫です。…これ、正直…お仕置きなので…、それに、汗をかいていて、せっかくのコートを汚してしまうから…――ありがとうございます、お気持ちだけで……」
さっきまで犯されていて汗ばんでいる僕の体に、こんな清潔感のあるトレンチコートが触れてしまったら――そもそも高いのだろうし、汚してしまう。
僕の体は汚いのだ。――僕は自分の肩にかけられたトレンチコートを、少し迷ったが…片手でそれの襟元に指先で触れ、あまり触れる面積が広くないようにと掴む。…卑屈で面倒に思われるかもしれないが、それでも僕は。
僕は、僕なんかがソンジュさんや、彼の持ち物に触れることすら――許されないと、本気で思うのだ。
しかし、――僕のその手をパシッと掴んだソンジュさんの大きな手、はたと彼を見れば…ソンジュさんはサングラスの奥で、少し怒ったように、目を鋭くして僕のことを睨んでくる。
「何を言っているのか、正直理解に苦しみます。」
「……、ご、ごめんなさ、んむ、…」
謝罪を遮られる。ふに、と合わさった唇同士に、僕は驚いて目を見開く。――僕は突然、ソンジュさんにキスをされた、…らしいのだ。
「……………」
「………、…」
彼のあたたかい両手が、秋の空気に表面ばかり冷やされた僕の頬を包み込み、そっとすこし上げ――やや傾いたソンジュさんの小さな顔が近い、ふに、としっとりした唇が控えめに僕の口に触れている、…驚いて固まってしまった僕は、…つい…ゆっくり、目を瞑ってしまった。
「………、…」
カナイさん…僕、貴方のことを、あの夜に実は、好きになってしまったんです――。
実は、ずっと待っていました。…貴方に会えることを、僕、実はずっと…密かに、期待して…――。
「…、……っ」
でも、どうしても泣きそうになって、僕はさっと顔をうつむかせ、彼から顔を離した。
「……ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい、あの…」
ドキドキしてしまい、頬が熱い。
ただ、僕は何もときめいてだとか、照れてしまってだとか、そうした理由でソンジュさんのキスを拒んだわけではない。――この唇はさっきまで男性器をしゃぶって、精液や、自分の愛液といった汚いものがついているかもしれない。それらの臭いがするかもしれない。
ただ、キスなんてこれまでにいくらでもしてきた。――それこそ僕の性器より安いものだ。…タダなのだ、僕の唇など。――無料の、安くてちんけな唇なのだ。…拒む権利なんかないのに、と僕は謝った。
「…ごめんなさい、口、いま…僕、口が、その……」
「…ユンファさん…、謝らなくていいんですよ…」
するとソンジュさんは、また僕を抱き締めた。――その優しい腕の中で、僕は目を見開く。
「……、…、…」
それはただ驚いただけ、いや…妙に顔中が、熱い。
ドキドキしている。――カナイさんだと思うからだ。
「…ユンファさん…私の背中に、腕を回して…」
「……、…ぁ…ぁ、ぁは、はい、…」
僕…彼の、カナイさん、いや…――ソンジュさんの、性奴隷になる、んだよな。
こんなに優しく抱き締められると、それを疑いたくはなるのだが、とにかく彼はご主人様だと僕は、――そっと、ソンジュさんの背中に両手を回した。…彼のスベスベとしたベストの背中に、震えてしまう手を添える。
するとソンジュさんは、ふふふ…と笑い。
「…言い方を間違えたな…、私を、抱き締めてください…」
「……、は、……はい…」
抱き締め…抱き締めて、いいのか。
いや、そう命令されているんだから、――僕は思いきって、ソンジュさんの背中をぎゅっと抱き寄せた。
僕たちの上体が密着する。――ドキドキ、ドキドキして…目が回りそうになるので、僕は目を瞑った。
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