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バカリ、ゴソゴソ――と…そんな音が、この赤い車の後ろのほうで聞こえている。…あの運転手の男性が、僕のボストンバッグをトランクに収納してくださっているようだ。
「…………」
それにしても…スポーツカーなのに、トランク、あるのか。あまり車には興味を持ったことがないのでよく知らないが、少なくとも僕には、スポーツカーにそのイメージがない。
「――……、…」
「………、…」
ところで…僕の目の前にいるソンジュさんは、なぜこんなに、(サングラス越しに)僕のことを凝視してくるんだろうか。――さすがに戸惑う。…まるで獲物を逃さんとする狼のようだ、が、僕は獲物でもなく、逃げるつもりもない。これはどう考えても見すぎである。
そうしてソンジュさんは、僕のことをじっと真剣な目をして見ていたかと思うと、下の方へと目線を逸らし――僕の腰の裏をグッと抱き寄せてきた。…すると自然、僕はよたついてソンジュさんの上半身にぶつかり、思わず彼の肩を掴んで支えにしてしまった。
「……っ?」
そしてそのまま、すた、すた、すた、と――ソンジュさんは後ろに後ずさる。
「…っおぁ、…ぁ、…? …っ?」
僕はよくわからないが、そのままソンジュさんと共に、歩いて前に進む。
「…ユンファさん。邪魔なのですよ。」
「……――。」
邪魔。
すると僕の背後でガチャリという音と共に、先ほどのダンディな男性の陽気な声が聞こえる。
「…はーいどうぞ。お荷物はもう積み終わっておりますので、ご心配なく。」
「…へ…っ? あっあーす、すみません、……」
そうか、そういうことか…――と今になってやっと理解したのは、僕が今立っていたのがちょうど、この赤いスポーツカーの助手席あたりであった、というところに起因している。
そして、なんとこの運転手の男性が、後部座席の扉をわざわざ開けてくださったようなのだ。つまり助手席側にパカリと開けられたその扉が僕にぶつかると、そういう気遣いの意味での邪 魔 だったらしい。――僕は背後の男性に振り返ろうとしたが、
「……、……」
が…――ソンジュさんが、…僕をぎゅっと抱きすくめてきて、離してくれない。
「…………」
「……ぁ…あの、ソンジュさん…ごめんなさい、離してくださらないと……」
後ろで、待たせているし。
なんだか、正直いって悪い気はしないのだが――。
ソンジュさんは僕を抱き締めたまま、僕の肩に鼻から口元を押し付けて、…そこに篭もる、彼の声は。
「…はぁ……すみません…、もう少し、このままで…」
「…………」
小刻みに震えて、なんとなく弱々しかった。
さっきはあんなにドS全開であったソンジュさんが、今は少し体調が悪そうだ。――まさか…ケグリ氏の顔、というか、ノダガワの人々の顔を見たから、だろうか?
それでなくとも彼、ケグリ氏の顔を見て吐いていた。
誇張でも何でもなく吐いていたわけであるし、先ほどは気を張っていただけかもわからない…そりゃあそれ自体は失礼なことには違いないが。――僕の肩の匂いを嗅ぐソンジュさんを、僕はどうしてやったらいいのかも正直、まるでわからないのだが。
「……わかりました…、…」
ただ…あれだけ僕を抱き締め、なぐさめ、なだめてくれた彼の背中を――僕はゆっくりとさすってみる。
とてもじゃないが口に出せないものの――先ほどはありがとうございました、と。
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