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                     それにしても、運転手の方が扉まで開けてくださるなんて、(いや、高そうなスポーツカーの扉なんて開けるのも怖いが)初めての経験だ。…当たり前だが、ちょっと恵まれているくらいの家庭だった僕がこんな、ましてや今は性奴隷の僕がこんなVIP待遇を受けるとは、いっそ肩身が狭いくらいである。――そう考えながらも、僕はソンジュさんが僕のことを離すまでの間をただじっと待ち、彼の背中をさすり続けた。    そうして、しばらく僕を抱き締めて離さなかったソンジュさんは、僕の体に巻き付けていた腕を緩めると――どこかホクホクとした表情でにこっと微笑み、「ではユンファさん、お先にどうぞ。」と。    僕は「はい」と返事をしてから体を反転させ、まずは待たせてしまった運転手の方へ軽く頭を下げた。   「…ぁ、お待たせしてごめんなs…」   「っあーいやぁ? ぜーんぜん待ってません。というか、(わたし)ゃいくらでもお二人をお待ちしますとも。」    僕の謝罪をさえぎり、人の良さそうな笑みを浮かべているその人はまたパチリとウィンクをして、「それに、今の文句を言うとしたら、まあ〜坊っちゃんにでしょうな。」とニヤリ、僕の背後のソンジュさんを見た。  ソンジュさんは至極淡々とした声で。   「彼は、ジュウジョウ・モグスさんです。――私専属の、執事ですよ。…」   「ええ、坊っちゃんの…そして今からは、貴方の、でもある。私は執事のモグスおじさんです。よろしくね。」   「………、…」    陽気な人らしく、にこやかにまた僕にパチリとウィンクをする――ソンジュさん専属の執事、モグスさん。…その目尻の笑いジワが、とても柔和でやさしげである。   「……、…、…」    というか、執事。…執事って…、執事か。  執事…専属の執事。お世話をしてくれる存在、というくらいのことしかわからないが…――やっぱりソンジュさんは、とんでもないお金持ちだ。…執事なんて存在が、この世の中にリアルに着いている人がいたのか。僕はもうもはやそこから始まる。    ていうか…ジュウジョウ――って、…十条か?   「……、……」    ケグリ氏にも関係があるという――十条か。   「…モグスさんは、今はヲクでなくなった十条家の方で、まあ、わかりやすい簡単な表現をするのなら…――十条家は、九条ヲク専属の執事、乳母、メイドを生み出す家となったのですよ。…」    ソンジュさんはそう説明をすると、僕の腰の裏を軽くとんとん、と叩いて促し。   「さ。…そんなことはいいですから。――ユンファさん、どうぞ。…」   「……っは、あ、はい、はい、では、――しっ失礼します…すみません、おじゃまします…」    ハッとした僕は、ペコペコする。  特に今は謝る必要なんかなかったと我ながら思うのだが、緊張のあまりにしどもど謝りながらも僕は、その車高の低いスポーツカーに合わせてグッと腰を屈め――ると、またソンジュさんに後ろから腕を掴まれ、とめられる。   「……っ?」    僕は目を丸くして背後のソンジュさんに振り返る。  彼はサングラスをかけているために目元はよく見えないが、淡々としたその口元がこう言うのだ。   「…すみませんユンファさん。――その前に。忘れていました。」   「…はい?」           

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