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            「……、…、…」    僕に、襲い掛かってきた、ソンジュさんは――とっさに身構え、目をぎゅっと瞑って顔をそむけた僕の横顔で止まり、僕の頬にふぅ、ふぅと荒い息をかけてくる。…そして僕の手首を痛いほど強く掴んでいながらも、……何も、してこない。    僕は恐る恐る目を開け、――横目にソンジュさんの様子を窺ってみた。   「…ふぅ、ふぅ…、…」   「…………」    怒ったような険しい顔をし、鼻息を荒くしているソンジュさんは、その鋭くなった目で僕を凝視していた。――ただ僕と目が合うと、困った顔をして…キュゥゥ…と、まるで犬がしょんぼりしたときのような声そのものを喉から鳴らし、「…んンッ…失礼。」と僕から顔を背けて咳払いをすると。   「……の、喉の調子が、なんだか、…へ、変だな…」    と、言いながら僕の手首を離し、彼は引いてゆく。  そのまま座席に座り直すとソンジュさんは、自分の真紅のネクタイをクイクイ、と揺らし(整え?)て、気まずそうに目を回した。   「………、…」    目を丸くしている僕は、正直シンプルに怖かったのだが(犯される、というような恐怖ではなく、どちらかというと狼に噛み付かれる、というような怖さだった)、…キューンと弱々しく鳴いたソンジュさんに、ふっとその恐怖の緊張の糸が緩み、   「……ふふ…、…」    思わず、笑ってしまった。  するとソンジュさんはパッと僕の顔へ振り返り、…ジッと僕の顔を見ては――眉をたわめながらも、彼もふっと笑った。   「…ユンファさん…ら、乱暴な真似をして、申し訳ありませんでした…」   「…いいえ、大丈夫です…」   「す、すみません…結構、俺、自分の感情をコントロールするのが正直、苦手なほうで……――あの、ユンファさん…」    そう申し訳なさそうに目線を伏せたソンジュさんは、何でしょう、と僕が彼を見ているなかでやや黙り込み――少し間を開けてから、…ふっとまた、僕の目をその水色の瞳で見つめてきた。  とてもまっすぐに、真剣に――僕の目を見つめてくるソンジュさんに、…少しだけ、胸がそわそわする。     「…キス…しても、いいですか」   「……、…ぇ、ぁ…ぁ、は、はい…」    僕は思わず()()()()()()()()――カアッと頬が熱くなりながらも、言い直す。 「ど…どうぞ、性奴隷の、…僕なんかの唇でよければ、お好きなだけ……」   「……グッ…、…――っはぁ…、……」    するとまたソンジュさんは顔を険しくし、グゥゥと唸りかけたか息を止めて――なんとかそれを制すると、目線を伏せながらため息を吐いた。そして彼は苛立ったように、   「…なぜそう…っ俺はそもそも、…ユンファさんを性奴隷だとは思っていないんです、…」   「……、…え…?」    ()()()()()()()()()()()――?  ソンジュさんのその言葉に、僕の胸にすっと明るい、透明な光が差した。…するとこの胸の中にあった黒いモヤがふんわり、やわらかくすう…と消えていったような、――少し目が潤むくらい、思わず口角が上がるくらい、僕の胸がやわらかい感覚に包まれている。   「………、…ぁ…」    それからややあって、…何かに気が付いたらしいソンジュさんは、…はたとまた僕の目を見た。   「すみません、そうか…俺、この()()()()()をユンファさんに、教えてなかったんだ……」   「……あ、はい…」    “性奴隷契約”だろう、と予想していた僕は、今――それを改めて詳しく聞いておく必要はある、と考えている。  いやそもそも、それこそケグリ氏と僕が交わしているのと同様の、“性奴隷契約”であったとしても――また、あくまでも僕がケグリ氏からソンジュさんに貸し出されている性奴隷の身であったとしても――ソンジュさんが僕に求めている性奴隷の在り方は、たとえば僕がケグリ氏と交わした、あの“性奴隷契約書”とまったく同じものであるとは限らない。    とは思うが、――何か僕は今、どうも()()()()()()ような気がしてきている。  現にソンジュさんとしては、僕が性奴隷としてへりくだると何か、先ほどから嫌そうである。――ならばソンジュさんの求めているものは何なのか、それを知らないことにはまず、僕は何もできない。   「…………」    そう思い、僕は緊張しつつもソンジュさんの目をしかと見据える。――いったい何を求められるのか、あれほどのサディストであるソンジュさんに、それでいて僕にはこんなに優しくしてくださるソンジュさんに、僕が求められる、“契約内容”とは。      するとソンジュさんは、とても神妙な顔つきで僕の目を見つめ返し――慎重な口ぶりで、こう言った。             「――この“契約”は、一週間の“()()()()”です。」         

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