144 / 689

【6】愛する瞳

                   僕たちが乗った赤いスポーツカーは、運転席に座ったモグスさんの運転によって、動き始めた。――驚いたことに、僕が知っている車の中よりもうんと静かなこの車内は、ときおりガタン、と何かしらをタイヤが踏んで揺れるその音だとか、あとは外ですれ違う車のシューンとした音くらいで、ほとんど音がない。  それこそラジオなんかもついていないために、車内はかなり静かである。   「…………」   「…………」    いや、だからこそ気まずいのだが。――後部座席のカーテンが四方締め切られたうす暗い中、隣り合って座る僕とソンジュさんは各々、お互いの顔を見ない。…僕はほとんどうつむき、ソンジュさんはぼーーっと前の、前部座席と後部座席を仕切る黒いカーテンを見ている。…というか、運転席に座るモグスさんを睨んでいるのかもしれない。   「…………」   「…………」    ゴクリと僕は唾を飲み込んだ。――会話がない。  というか、何を話しかけてよいものなのかも僕にはまるでわからない。    というのも僕は先ほど、ソンジュさんが僕と交わしたい契約というのが、まさかの“一週間ソンジュさんの恋人になる”――なんて内容の、つまり“恋人契約”であることを聞かされたばかりだ。  僕はソンジュさんに、「私と()契約をしてください」と言われたために、ソンジュさん()てっきりケグリ氏と同様、僕と“性奴隷契約”を結びたいのかと思っていた。    しかし…そうではなかった。  性奴隷契約ではなく――(一週間、あるいは数日間)自分の恋人になってくれ、…という“契約”だそうである。   「………、…」    正直いうが、まさかそんな内容だとは思わなかった。  まったく予想外なことである。――それこそ一ミリもそんな予想はできていなかった僕だが、…思えばそうなら、何かと腑に落ちる点はあr……、   「…………」   「……、…ソンジュさん…」    僕はかなり抑えた吐息のような小声で、隣のソンジュさんに呼びかけた。――何をしているんですか、と。…僕の片方の膝頭をするり、チノパンの上から片手で包み込むように撫で、そこから内ももをすーっと…中央へ向けて撫でてくる彼の手に。…貴方は何をしようと、と。   「…………」   「……ッ、…ソンジュさん…」    鼠径部を指先でつうと撫でられてぴく、としてしまった僕は、…いよいよソンジュさんの手首を掴んで、隣に振り向いた。――カーテン向こうにはモグスさんがいるのに、何を。  しかしソンジュさんは前を向いたまま、僕を横目にも見ないで…ただ、その艶のある唇の端をニヤリと上げた。         

ともだちにシェアしよう!