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「…………」
やっぱり彼らは、僕を騙そうとしている――。
そう考え、黙り込んでいる僕にモグスさんが、ニヤニヤとした笑みを含ませた声で、こう。
「…ユンファさん…“夢見の恋人”って小説、知ってたりしない? いや結構有名だったでしょう、ねえ、ちょっと前までは。」
「……はい、知っていますが…?」
『夢見の恋人』――?
いや、その実僕はあの作品が大好きなんだが――それとこれって、いったい何が関係あるんだ。
僕は思わず顔を上げ、モグスさんを見た。――モグスさんの鳶色の瞳は、ニヤリと意味ありげに光っている。
「ァほんと? いやー私、なぁんかね…いやなーんとなくですぞ。やあーあのお話に出てくるユ メ ミ く ん が 、どーーもユ ン フ ァ さ ん に 似 て い る ような気がしてね……?」
「………、…」
いや…まあ、確かに――実はそれ、よく言われることなのだ。…その『夢見の恋人』に出てくるオメガ男性の“ユメミ”は、僕と同じ薄紫色の瞳、切れ長の目をして、黒髪に色白な肌、うりざね顔と、まあ…僕に似ているかと言われれば、似ているという人もいるだろう。
ただ、彼は美少年として描かれているために、似ている、とはっきりと認めることは正直、僕にははばかられる思いがあるのだが。
それこそあの作品を勧めてきた僕の母にも、「ユメミってユンファに似てない?」と言われ、もともと恋愛小説なんかほとんど読んだこともなかった僕がその『夢見の恋人』に興味を持ったのは、むしろ、ユメミが僕に似ている、という話を聞いたからなのだ。――ちなみに僕は、いまだに好きな恋愛作品はその『夢見の恋人』しかない。
もともと僕は、ロマンス作品を好き好んで読まないタチではあるのだ――そのほとんどが女性向けなような気がしていて、試してみても結局、男の僕にはどうもむず痒くなるものが多いのだ――、…が、『夢見の恋人』に関してだけは、そんな僕でも大好きになったロマンス作品だ。…自分に似ている登場人物が出てくるからかもしれないが、とにかく今となっては何度も読みこんで、もはや見ないでも内容を事細かに言えるほどなのだ。
「……、…?」
で…――それとこれに、一体なんの関係性が…?
「…はははっ…いやぁ〜なるほどね。いやぁなるほど、そういうことかぁ…――なあボク、もしかしてお前、あ の 日 に一目惚れした人って……」
「っモグスさん! と、というか…すみませんユンファさん、――邪魔です。」
「……ぉあっあ、ごめんなさい、…」
うっかりしていた。――車の出入り口の前で突っ立って、まだ車内にいるソンジュさんのことを忘れていた。
正直、興味津々でモグスさんの話を聞いていた僕は、後ろからソンジュさんにそう言われて過剰にびっくりし、慌てて横へと退いた。
「……っグゥ゛…、よ、余計なことばかり言わないでくださいませんか、モグスさん。お喋りが過ぎますよ…」
そう文句を言いつつもソンジュさんは、モグスさんが「お足下にお気を付けて」と差し出した手を自然と取り(その人を睨み付けつつも)、スッと優雅に、スマートに赤いスポーツカーから降り立った。
「…なんだかなぁこの子は…、恋だとかなんだとかってのはなぁボク、…まず自分の気持ちを素直に打ち明けるところから始まるもんなのよん。」
「…はぁ……、俺には俺のやり方があるのですよ。」
「…………」
やっぱり、ソンジュさんは、背が高い。
車から降りてすぐにベストの裾をピッピとすぐ伸ばし、それから襟元を整えている彼は、モグスさんよりもうんと脚が長く(いや、モグスさんの脚が短いのではない)、モグスさんより頭一つぶんも背が高いようにさえ見える。
「おいおい…んなこと言ってぇ…ユリメにまぁた怒られんぞ、ボクぅ。」
「…ふん、たとえユリメさんが何と言おうがです。――俺は、俺のやり方でやらなければ……それに、ユンファさんに合わせたやり方というものがあるのですよ…」
「…………」
いや、それはさすがにオーバーか。
おそらくソンジュさんの顔が小さいからだろう。
モグスさんの背は、僕よりやや低いくらい――僕は178センチなので、おそらく175センチほどか――なのだが、そうした僕ら二人よりも高いとなると、…ソンジュさんは、やはり少なくとも180センチいくらかはあることだろう。
「いぃやあ〜〜、…先輩の意見は素直に聞いといたほうがいいんじゃないのぉ〜? 不慣れなことをなぁんでも一人で勝手に進めるより、ここは素直に、人のアドバイスを受けながらやったほうが…」
「グゥ゛…っこれは! 俺と、ユンファさん…二人の問題ですから。――余計なお世話です、あまり口出ししないでくれ。…」
「…………」
やはりアルファ属って、本当に背が高くてスタイル良し、顔にしてもそうだが、美形に生まれるものなんだな。
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