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                 そうして軽口を叩くモグスさんをガルガル制しながらも身だしなみを整えたソンジュさんは、モグスさんにへ「では、よろしくお願いしますね」とひと声冷淡にかけ、僕の腰をするりと抱いてきた。  …のだが、モグスさんは僕らを、いや…――ソンジュさんを冷やかすようにニヤニヤとして。   「…わあ〜。おいおいおい、――いつになく慎重なんじゃないの、坊っちゃん。…」   「…そうでしょうか。俺はいつも通りかと。」    モグスさんのからかうようなセリフにも動じず、無感動的にさらりと返したソンジュさんに――モグスさんはふっと顔を伏せると、ボソリ。   「……ふん、いつもなら()()()()()()くせに……」   「…………」    ソンジュさんはそれに何も言わず、顔を凍り付かせたままでモグスさんをギッと睨み付けている。…しかしモグスさんはニヤニヤしながらそのまま、チラ、と鳶色の瞳だけでソンジュさんを見やる。   「…ありゃあ〜? おかしいなぁ坊っちゃん…どうしたんです。――()()()()なんでしょう。…あーよかった? ()()()()()ラブホテル寄らなく…」   「チッ…っ余計なことを言わないでくれ。」   「…………」    ()()ということは…つまりソンジュさんは、僕の他にも過去、この“恋人契約”を結んでいた人がいた、と。――いや、あるいは僕と並行して、その契約を結んでいる人がいるのかもしれない。  モグスさんはニヤニヤとして腰に両手を当て、ソンジュさんに目を細める。   「…あぇ? あーれれ。ボクぅ、たしかもう純愛作品は、書けないんじゃなかった?」   「は、何を言うんです。俺は天才ですよ、書けますよ、書こうと思えばね。」    なんて子供のように意地になって返すソンジュさん――今更ながらどうやら彼ら、主人と執事という間柄のわりにフランクで、仲が良いらしいのだ。…上下関係があるようなないような…、モグスさんが上(年上)の立場になることもしばしば、というように見受けられる。  そして今もすっかり、ソンジュさんはモグスさんに翻弄されているようなのだ。 「…えー坊っちゃん、そんなタイプでしたっけぇ? ずいぶん奥手になったもんだね…」   「いや、奥手なのではありません。作品的に、まだ濡れ場は……」   「あぁはい? はは、いつもならラブホ行けって、まーすぐ()()()()()()()じゃないですか。」   「…やめてくれよ本当、…」   「…………」    僕はまるで、警戒して周囲を見渡す小動物のようだ。  もちろんそういう可愛い生き物のようだ、という意味ではなく、ただ黙って息をひそめ、ムッとしたソンジュさんの横顔、ニヤニヤしたモグスさんのソンジュさんを見る目、と視線を行き来させているだけなのだ。――この気の置けない間柄の会話に入るスキもなく、余地もなく、その勇気もない。    「…いやぁ本当のことでしょうよ。()()()()()()()()()()()()が、坊っちゃんの流儀じゃないの。――そっからいつもあーだこーだ言って、お相手の女の子に動作やら声やら、一つ一つに細かくいろいろ文句言うんだから。…」   「お相手の女性を泣かせてばっかりで、俺はいっつも可哀想でねえ、本当に」――そう呆れた笑顔を浮かべているモグスさんは、「さてと」と腰を捻った。パキパキ、と彼の腰が鳴った。――それからモグスさんは、ニヤニヤしながら僕を見ては。   「…特別大事にされていますなぁ、ユンファさんは。」   「…は、ぁあいえ…どうでしょうそれは…」    違うと思う、と僕は、首を横に振った。   「…契約は、契約ですかr…」 「いやいや。…なあ坊っちゃんは、それでいいんですか?」    僕の言葉を遮るモグスさんは、ニカッと気の良さそうな明るい笑みを浮かべてソンジュさんを見ている。――目尻に細かいシワのあるモグスさんの目は、まるで優しい父親のようにソンジュさんを見守っているようだ。   「………、…」    しかしソンジュさんは、モグスさんの問いかけに何も言わずに唇を引き結び、ふ、と目線を伏せた。――すると、モグスさんはそれ以上何も彼に追及せず、むしろ、僕へとそのやさしげな鳶色の瞳を転じてくる。   「…ユンファさん、アンタ知っておいたほうがいいですわ。…あんなにうろたえたソンジュを見たのは、かなり久しぶりだ。――貴方が相手だからですよ。」   「…………」    そしてモグスさんは、にぃっとその唇を横に伸ばして笑うと。   「…あと、何より坊っちゃんは、今も()()()()()()()()()()()()()。…ユンファさんはそりゃ知らないだろうがね、こりゃ珍しいことなんだ。――いやぁ聞くところによると…坊っちゃんは、エッチのときにでさえ目を……」   「っモグスさんやめてください、セクハラですよ。」    そうモグスさんの言葉を制したソンジュさんは、焦ったように大きく確かな声だった。…するとモグスさんは笑顔のまましたりと白髪混じりの太眉を上げ、おどけた早口でこう言い切った。   「あ〜怖い怖い。やぁ不思議だね、エッチのあとに抱いた女の顔見て吐くようなヤツが、こんなにジロジロ人の顔見てポーッと見惚れて、いやぁどこがいつも通りなんだか」    …逃げ切った、というか。   「…ガルルル…ッやめろ!!」    と…駐車場にソンジュさんの怒鳴り声が大きく響き、僕の肩さはその音の大きさにビクついてしまった。――すると彼、僕の隣で「は、失礼しましたユンファさん…」と僕を気遣い、する…と肩を撫でてくる。   「…はいはい。――でもね坊っちゃん、私はやめたほうがいいと思いますよ。…」   「…何をですか、何をやめろと?」   「…そんなの…ボクが一番わかってることだろうに。――それじゃあ一旦失礼しますよ。…」    ひょい、と肩を竦めたモグスさんは飄々とした笑顔で、僕に「では後ほどね。」とウィンクをし――車の後ろのほうへと、歩いて行ってしまった。         

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