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              「…なぜですか。」    なぜ…?  ねえ、なぜ…? なぜ…なぜ…なぜ…なぜ…――。   「…どうして……?」    教えてほしい。  僕はまた泣きそうになり、眉を寄せた。――ソンジュさんの揺らぐ水色の瞳を見つめて、首を傾げる。   「なぜ駄目なんですか…? ソンジュさんが、僕なんかを、大事にしてくださっているからですか…、だから、抱いてくださらないんですか…」   「…………」    僕はぼんやりとぼやけた視界で、ソンジュさんを見ている。  きっと、馬鹿みたいに期待しているんじゃない。――ただ、疑問をそう淡々と彼へぶつけている。それだけだ。  ソンジュさんは、僕の目を切ない色の水色で、じっと見つめてくる。…彼の美しい眉は少し、弱気なゆるみを見せている。   「…そうだと、言ったら…」    ソンジュさんは少し怖がっているように、静かな声でそう僕に聞いてきた。…僕は目を見開き、ドキ、としてしまった胸に目線を伏せて逃げる。――馬鹿。本当、馬鹿。   「…俺が貴方を、愛しているからだと、言ったら…――どうしますか、ユンファさん…?」   「……、……」    僕はあえてソンジュさんの頬を見た。そこに浮かぶ、怯えて青ざめた色を見て、…笑った。   「…もし、そうなら……」    馬鹿。きっと嘘だ。――僕はずいぶん簡単な人だ。     「そうなら…――嬉しいです」      ソンジュさんの契約上の嘘だとわかっていて、僕が嬉しいと言ったのはその実、ほとんどがその契約に合わせた媚態――それでいて、ほんの少しだけ、本音だ。    僕は、神様に愛されたかった、淫魔なのだ。   「……ユンファさん…」    慎重にゆっくり、僕の名前を呼んだソンジュさんは、あいかわらず怯えているような目をしていた。――でも、その口元はやわらかい微笑みを浮かべている。   「…少なくとも俺は、本気でユンファさんの体を、金で買えるものだなんて思っていないのです。…たしかに俺、貴方を金で買ったようなものだ。――でも…だからといって俺が、ユンファさんを、何でも好きにしていい権利を持っているわけじゃない」    泣いてしまいそうな儚い微笑みで、ソンジュさんはそう、震えた声で言った。   「…俺がいくら出そうが、いくらで貴方の体が売られていようが…俺、ユンファさんの体は、金で買えるどんなものより…高級なんだと考えているんです」   「…………」    今はなぜか、僕なんか、という気持ちがない。――僕の心を縛り付けていたそれがほどけ、今は、僕の心のまわりにふわふわ浮かんでいるだけになっている。  きっと今を過ぎたらまたきっと、それは僕の心に食い込んでくるのだろうが。  そしてソンジュさんは、怯えた顔をする。――何かに怖がっている獣のような、鋭い目をする。   「…俺が、ユンファさんを抱ける権利を得られる瞬間など、かなり限られているんですよ。…」   「…………」    今にも触れていい。――今にも僕を抱くことはできる。全てが許されている――そのはずのソンジュさんは()()に怯え、また()()のために、僕を抱かないのだという。    僕はその()()から、目を逸らしている――。    ソンジュさんは言った。  怯えながら僕の目を見つめ、少し諦めながら、呆れたように笑いながら、――こう言った。     「――それは貴方が、心の底から俺を求めたときだけだ。…ユンファさんが、俺のことを…心の底から愛してくれたときだけなんだ。…」             

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