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僕はすっかり、この豪華な玄関に見惚れていたが――。
「……、…ぉあっあ、ソンジュさん、何、…」
「…いえ。ユンファさんがいつまで経っても靴を脱がないので、俺が脱がせて差し上げようかと」
そう言うソンジュさんはいつの間にか、先ほどとんでもないお金持ち発言をした、正真正銘のお金持ちであるというのに…まるで召使いのように僕の足下へひざまずき、僕のスニーカーに手をかけていた。――もちろん僕は「すみませんグズグズしていて、自分で脱ぎますから」と慌てて足を引き、なん歩か後ずさって、靴のつま先にスニーカーのかかとを引っかける。
そんな僕を見上げているソンジュさんは、圧のある真顔で。
「…ユンファさん、椅子に座って。――どうぞ」
…と、あの丸椅子の脚をガラ、と軽く引きずりながら僕のほうへ寄せた。
「…え? いえすぐ脱げますよ、椅子を使うほど…」
「座って。ユンファさん。早く」
「…あ、……はい…、…」
ただ、どこか命令口調的のソンジュさんに、僕はおとなしくその椅子へ「失礼します」と居心地悪く腰掛けた。――するとソンジュさんは、僕の白いスニーカーを履いた右の片足をそっと、その大きな手で掲げ持ち…靴のかかとから優しく、僕のスニーカーをする、と脱がしてくれる。
「……、あの…」
「…うわぁ、大きな足だな……」
「…………」
なんで、そんな、…嬉しそうなんだ、彼?
僕はまあ、足は27センチ以上あるのだ(靴屋で正確に測ったことはあるが、ミリ単位はもう覚えていない)。…そりゃあ少なくとも一般的なオメガ男性に比べたら、身長もあるぶん足もデカいように思えるだろう。――まさか、あ、足フェチなのか、ソンジュさん?
「…あの、汚いですから……」
「……いえ、お気になさらず。俺がやりたいだけなのです。――ユンファさん。今はおとなしく脱がされていてください…」
「………、…」
車の中でも履かせてあげたい、と言い募っていたソンジュさんは、――やっぱり足フェチなんだろう。
というか、臭くないだろうか。
いや、体臭が桃の匂いじゃ他の種族にしてみれば悪い匂いじゃないのかもしれないが…とはいえかなり蒸れているし、新品の靴とはいえ、地面を踏んでここまできた靴の裏は当然汚いし(ソンジュさんは靴底を迷いなく触ったのだ)、なんというか、僕が今履いている靴下にしても汗や靴下そのものの汚れも…匂いはともかく、決して綺麗とは言えない。
それなのにソンジュさんは、靴を脱がせた僕の片足――ほつれた黒い糸がぴょんと飛び出す、その靴下のつま先をつまみ…クッと引いて、する…と少しずつ、裾の部分も浮かせて下げながら、少しずつ下げて、脱がしてゆく。
「…、なぜ…こんなこと、なさりたいんですか…?」
まるで…――僕がノダガワ家の人々にしているような、行為だ。…それを…やりたい?
僕は、ノダガワ家の人々が帰ってくるなり玄関に正座をし、「おかえりなさいませ」と三つ指を着いてお出迎えするように命令されている。
そしてご命令があるまでは頭を上げてはならず、「よし」など許可を得られたら頭を上げ、その人が履いている靴を今ソンジュさんが僕にしているように脱がし、それから靴下を丁寧に脱がして…そこで足を舐めろと言われたら舐めるしかないが、大概は汗に汚れた男性器をしゃぶって綺麗にしろ、と言われるので、そうする。――あるいは相手がケグリ氏なら、“おかえりなさいのキス”をしろと言われることも多い。
もちろん男性器やキスはないが、つまり――こんな奴隷のような行為を、なぜソンジュさんは僕にしたいのだろうか、と疑問なのだ。
僕が聞けばソンジュさんは、靴下を脱がした僕の、その筋張っている青白い足を両手で大切そうにそっと持ち、僕のその足の甲を優しい眼差しで見下ろしながら。
「…なぜ、でしょうね。――ユンファさんの前にかしずきたい気持ちだから、でしょうか。…」
「…か…かしず、――な、それは、正直僕は…」
「…性奴隷…? ふ、俺は別に、だからといって自分を奴隷以下だとは思っていません。――そんな趣味も、もちろんありません。…ただ俺は、ユンファさんを性奴隷だとは思っていない。本音です、何度だって言います。俺は、貴方を性奴隷だとは思っていません。だから、こうしたいのです…」
「…………」
いや、仮に僕を性奴隷だと思っていないとしても、…普通の人にだってこんな召使いや奴隷じみたこと、したいと思うはずがない。――むしろほとんどの人が、し た い よりはやりたくないと思うようなことではないだろうか。
優しさの域はもうとうに越えているだろう、こんな行為は――いっそ、被虐的なほどである。
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