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――僕を横抱きにしたまま、ソンジュさんはスタスタと歩いて…リビングの階段下にある、あの両開きの扉まで。
そこまでたどり着いたソンジュさんは、その両開きの扉を片足でドカッと激しく、強く蹴って開けた。
「……、…っ!」
「…すみません、驚かせて」
「ぃ、いえ…、…」
僕はその大きな音にビクッとしてしまったが、ソンジュさんは謝りつつもその扉が開いた隙に、すかさず中へと入ってゆく――とはいえ、なかば僕の体でその扉を押し開けているところもあるが――。…まあ、僕を横抱きにしているためにそうするしかなかったのだろう。
そしてソンジュさんは、僕を抱き上げたまま、器用に扉を締めた。
「…………」
そうして入った室内は、何かしっとりとうす暗い。
ラベンダー…ではないのだが、それっぽいハーブのような、落ち着く香りがする。
天井についた、大きな鉢型のオレンジや黄色、ポイントで赤といったモザイクガラスのランプが照らすこの室内はかなり広そうだ――そして僕を運んでいるソンジュさんは、この部屋のど真ん中に置かれたかなり大きいベッドへ、僕をそっと寝かせた。
「………、…」
――あ…天蓋がある。…本当に、女の子が憧れるようなお城みたいだ。
ベッドのサイズと同じくらいの、金色のヒラヒラした飾り付きの天蓋、それのカーテンレールにかかるカーテンは――今は開かれおり、金色にチラチラ輝く半透明、それの裾野は、ベッドの枕元のフチに下ろされている。
「…………」
僕は、今は気持ちがだいぶ落ち着いてきた。――ソンジュさんが「大丈夫、俺は怒っていないよ、大丈夫」と言ってくれたおかげだろうか。
そして…すっかり今から、彼に何 を さ れ る の か を理解している僕は――おとなしくベッドに横たわり、ベッドの側に立っているソンジュさんをぼんやりと見上げた。
「……、…」
僕…――これでやっと、貴方に少し、ご恩が返せる。
僕にはこの体しかない。僕には返せるものがこれしかない。このオメガ属の体…性器しかないのだ。――ソンジュさんは、なんて優しい人だろうか。
いきなりで驚いたね、俺が悪いんだよ、ごめんね、どうか何も気にしないで、本当に大丈夫だから、安心して…――ソンジュさんはそうして、僕を責めるどころかむしろ僕に謝り、僕を安心させてくれるようなことを言ってくれた。
僕はもはや、どうしたらいいかわからない。
あまりにも感謝していて、あまりにも彼に何か、何でも、僕の全てでも差し出したい気持ちがあるのだ。…そうしなければ、どうしようもない罪悪感に潰れてしまいそうである。――それなのに、僕には何も差し出せるものがない。…あるとすれば、この性器 だけだ。
「…ふふ、ユンファさん…そんなに色っぽい顔をして、一体どうしたんですか…」
「…………」
どうした、と言いながらもソンジュさんは、ベッドに寝そべった僕の上に乗ってきた。――ドキ、と胸が痛くなる。…彼の頭の上に光るモザイクガラスのランプが、まるでこの美しい人の後光のように見える。――細いホワイトブロンドが輪郭だけ光に透け、美しい水色の瞳が僕を見下ろしている。
声は出さない…――僕の顔を、隠してもいい。
僕の体に、触ってくださる必要もない…――。
「……貴方に、お返しできるものが…僕には、こ ん な も の しかありません…、ごめんなさいソンジュさん…――でもその代わり、声は絶対出しません…、僕の顔、隠してくださっても構いません…、というか、目を…瞑っていてください…、僕が、貴方に精一杯ご奉仕します……」
僕は、ソンジュさんの胸板にそっと触れ、撫で下げる。
その人の体の下へ、下へと手を撫で下げるが――ソンジュさんは目を見開き、驚いた顔をすると、…僕の手首を掴んで止め、優しい力でベッド…僕の耳の横に片方の手首を押し付けてきた。
そしてすぐ、切なげにその目を翳らせ――ソンジュさんは、僕の頭を優しく、ふんわりと撫でてくださる。
「いいえ…、ユンファさんを抱くときにはもちろん、貴方の綺麗なお体に、触れさせてください…、貴方の可愛らしい声も、たくさん聞かせてください…、ユンファさんのその綺麗なお顔を、俺にじっくり見させてください……」
「…………」
切なく頼み込むよう、静かにそう言うとソンジュさんは、そ…と僕に顔を寄せつつ、柔らかく微笑む。――そして彼は、美しく低い声で、僕に甘く囁いてくる。
「…俺は、むしろ貴方を見 た い のです…――ユンファさんの白くしなやかな裸体を、可愛らしいところを、貴方の秘めやかな場所を…全て。貴方の全てを、俺に見せてください…、貴方の美しい顔が紅潮し、快感に溺れている表情をじっと、まばたきも惜しんで見つめていたい…、眉を顰め、淫靡 となった貴方の美しい目を見つめながら…俺はユンファさんと、セックスが、したいのですよ……」
「…………」
僕の頬は、先ほどまで冷えていた。――それなのに、ソンジュさんに見つめられながら甘くこう言われると、その人の甘い言葉がふんわりと僕の頬を包み込み、ぬくもりを取り戻す。
「…俺はむしろ…ユンファさんの艶めかしい声が、聞きたいのです…、決して我慢などなさらないでください…、貴方の耳心地の良い声が、俺の与える快感にしっとりと湿り、艶めいて、悦びに甲高くなる…――どうして俺が、愛しい貴方の、その嬌声を聞きたくないと思うでしょうか…? それでなくとも美しい声を持つユンファさんの、その美しい声に乗った艶めきに、どうして俺が、興奮しないというのでしょうか……」
「…………」
すぅ…と、僕の魂を蝕む悪魔が、浄化され、消えてゆく。――ソンジュさんの、その神聖な慈しみの水色の瞳に、その甘く柔らかい声に、その人が纏う、神聖な光そのものに。
僕の全身が、ソンジュさんの声に――彼の存在すべてに、包み込まれてあたたかくなる。
「…俺は、むしろ貴方に触れたいのですよ…、ユンファさんの美しい体に触れ、貴方の反応を五感で感じ…興奮したいのです…――貴方の柔らかい唇に、貴方の美しい全身に余すことなく口付け、その甘い肌を心ゆくまで味わい…、貴方の、甘い桃の香りに陶酔し…、ユンファさんの艶めかしい声を一つも聞きもらさぬよう耳を澄ませ…、貴方の肉体の感触を指に、体に、全身に感じ…、そしてユンファさんのお顔が、体が…俺を求め、艶やかに変化する様を…俺は、悦びながら全て、見ていたいのです……」
「…………」
じく、と下腹部の奥がもどかしく疼き、僕の腰がひく、とわずかに跳ねた。――貴方の、…綺麗な指に、触れられたい。…自分の体に下りてくる、貴方の濡れた柔らかい唇を、感じたい。…その美しい瞳に全てを暴かれ、見られたい。…声を抑えられないほどめちゃくちゃにされて、おかしくなるほど全部、もう僕の全部を、かき消してほしい。…貴方の興奮した声を、熱い吐息を、聞きたい。
貴方を自分のナカに迎え入れて繋がり――貴方に、僕の全てをゆだねてしまいたい…――。
ソンジュさんは妖艶にその切れ長の目をすぅ…と細めて、色っぽく微笑む。
「…ふふ、可愛いな…、俺に抱かれる想像でもしてしまった…? ――俺に、抱かれたくなってしまったんですね、ユンファさん……」
「……、…」
僕が、ソンジュさんの目を見つめながら小さく頷くと、彼はふっと笑い、ふるふると首を横に振った。
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