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「……マフィンと一緒にどうぞ。――モグスさんが入れたミルクティーです。」
「……ぁ、はい…ありがとうございます…」
と、ソンジュさんはファイルを自分の隣、ベッドの上に置いて――今は開けた水筒のフタに、水筒からミルクティーを注いでいる。
そして八分目ほどミルクティーを注ぐと、そのフタを僕に手渡してきた。――受け取った僕は、…先ほどの白い紙が挟まったファイルが、気になっている。
ソンジュさんも、意味があってその透明なファイルを冷蔵庫から取り出したのだろう――再びそれを手に持つと、何か複雑そうな顔をして、それを見下ろしている。…しかし裏面なのか、表の文字が薄く透けているばかりで、ソンジュさんが見下ろしているそれはほとんど白紙だ。
「…………」
「……、契 約 書 ですか」
僕はそ う だ と直感した。
おそらくはこの、“恋人契約”の契約書だ。
ふぅ…と鼻から薄いため息をはき、ソンジュさんは少しだけ眉を顰める。――それからややあって、そのファイルを見下ろしながら「ええ」と、低い声で返事をすると。
「……直前まで考えていたのですが…やはり、まだユンファさんには、しばらく首 輪 が 必 要 なようです。…」
「…………」
首輪…――ソンジュさんは、手に持つそのファイルをひっくり返した。…そしてすっと差し出すように僕のほうへ、そのファイルを寄せてきた彼だが、僕は両手が塞がっているために受け取ることはできない。
ただ、覗き込むようにして、そのファイルに挟まった契約書の内容を見てみる。
『 恋人契約書
クジョウ・ヲク・ソンジュ(以下甲という。)とツキシタ・ヤガキ・ユンファ(以下乙という。)は、下記の通り「恋人契約」(以下本契約という。)を締結する。
第1条(恋人関係について)
本契約は甲乙両者が「一週間」の間、「恋人関係」となることを契約するものである。なお、「契約関係の恋人(一時的な仮初めの恋人)」という振る舞いは許されず、甲乙両者は本契約期間中、心から互いを恋人として認め、想い合い、心身ともに恋人として親睦を深め、互いを恋人として尊重するように努めること。
第2条(契約期間)
本契約の期間は「一週間」とする。また、本契約に両者が合意し、本契約書に甲乙両者がサインをした時点から、本契約関係が開始されるものとする。なお、本契約は期間延長をすることができない。ただし後述の「第6条」による例外が存在する。
第3条(生活の保障)
甲は本契約期間中、乙の健康的かつ文化的な生活、および心身の安全を保障し、乙の生活費を支払う義務があるものとする。また本契約期間中の乙は甲に対し、生活に必要な物品および金銭を、限度額および物品の指定無く、無条件で自由に請求することができる。
第4条(乙両親への保障)
甲は乙の両親の健康的かつ文化的な生活、および心身の安全を保障し、生活費を支払う義務があるものとする。
第5条(請求について)
本契約締結前、本契約期間中に甲から乙へ発生した支払い(第2条、3条にある生活費等)を、契約期間中および契約終了後も、甲は乙へ一切請求することができない。
第6条(本契約の内容変更、および破棄について)
本契約内容は、基本的に甲乙両者が変更することはできない。本契約は、甲乙のどちらかの一方的な意思のみでは破棄することができない。また第2条の通り、期間延長もできない。
ただし両者は、本契約期間中において「婚姻契約」へ切り替えることができる。「婚姻契約」を新たに締結する場合は、事実上の契約期間延長となる。
第6条(1)「婚姻契約」への切り替えについて。
「婚姻契約」は甲乙両者が「本契約期間中」に申し出ることができる。契約終了後には申し出ることができない。また「婚姻契約」は、甲乙両者が任意のタイミングで相手に持ちかけることができるものとする。
第6条(2)
「婚姻契約」の内容は、「婚姻契約書」を参照のこと。
以上。
上記の内容を確認し、了承した上で、「恋人契約」を締結いたします。
甲・クジョウ・ヲク・ソンジュ
乙・_______
〇〇年 〇月 〇日 』
「…………」
正直、いうが…――この契約内容、だと。
僕ばかりにメリットがあるような気がする、のだが――やっぱり僕は、馬鹿なんだろうか。
何度繰り返し読んでも、ソンジュさんが損をしてはいないだろうか。…僕の生活を保障し、僕の両親の生活を保障してくださり、僕が欲しいものや、あるいは必要なお金を無条件でくださる上で――僕が特別することといえば、この一週間…ソンジュさんの恋人でいること。…それのみ、というようにしか思えないのだが。
ただ…この契約書の最後に記されている“婚姻契約”というのが、何なのか…――それにもよるんだろうか。
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