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              「……美味しい…?」――と、何も考えられなくなった僕は逆に、ソンジュさんにニコニコ見守られながらもそもそと、モグスさん手作りらしいマフィン、そしてミルクティーを口にした。    甘かった。美味しかった。食べながら――ボロボロと、僕の目からは涙がいくつもこぼれ落ちた。  誰かの手料理を食べたことも、こんなに甘くて美味しいものを食べ、飲んだことも、本当に久しぶりだった。    美味しいです、…本当に美味しい、と、僕は何度も言った。――ソンジュさんは、よかった、と。…食べられるようなら、チョコチップクッキーもどうぞ、と勧めてくれた。   「これもモグスさんの手作りなんですが…あの人、見た目どおり大雑把でね。――何でも具材を、こちらが引くほどたっぷり、惜しげもなく入れてしまうのですよ」と、可笑しそうに笑ったソンジュさんが、…僕の記憶のなかにあるモグスさんのあの優しい目が、笑顔が、まるで光のようだった。  このホッとする甘味は、モグスさんの優しさだ。――このたくさん入った具材は、モグスさんの愛情だ。    そして、自分のものを僕にニコニコしながら譲り、遠慮なく、と側に居てくれるソンジュさんの、優しさだ。愛情なんだ。    誰かの愛情が――僕の体に、心にじんわり…優しく、あたたかく染み渡る。       「……はぁ…」    結局、チョコチップクッキーまでは食べられなかった。  それに…本当に美味しくて、気持ちでは全て食べたかったのだが――途中で胸が詰まり、苦しくなって、マフィンも半分ほどしか食べることができなかった。…それにソンジュさんは優しく、「大丈夫ですよ、これは俺が食べてしまいますが、…今度はできたてを食べましょうね」と笑ってくれた。  冷たいロイヤルミルクティーだけは、今もゆっくり飲んでいる。――此処に居たい。   「……、…、…っ」    叶うなら、ずっと此処に居たい…――。    広くて豪華な家に居たいというんじゃない。…宝石も、何も、いらない。高級な何かも、新品のスニーカーも、僕は別に欲しいわけじゃない。――どこかの王子様のようにチヤホヤしてほしいわけではなくて、そうじゃなくて、僕はただ。    ただ僕は、優しい彼らの側に、居たい。  叶うなら、彼らの側に居たい。――何だってする。  僕が差し出せるものがあるのなら、何だって差し出す。      僕は、どうしてソンジュさんに――こんな、夢みたいな“恋人契約”を、持ちかけていただけたのだろう。  どうして僕だったのだろう。――僕よりも魅力的なオメガはいくらでも居る。…むしろそのほうが大半だ。    取り立てて何があるでもなく――むしろ、他の人よりも不出来な僕が、…どうしてこんなに、優しくしていただけるのだろう。  もし…それが、その理由が…――。      僕に、ソンジュさんが…恋を、――ありえない…。       「…………」    考えたら、駄目だ。――僕は思考を止めるため、残りのミルクティーを煽り、飲み干した。         

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