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          「…曇華(ユンファ)っていう名前はね…、その、貴方の実のご両親が付けた名前なのよ…、たしか、月下美人っていう…本当に綺麗なお花の名前なんですって」――母さんは、僕を傷付けないように、慎重にそう教えてくれた。    たしか…中一だか、中二のころに、自分の名前の由来を調べ、そして感想文を書かなきゃならない、というような――思春期、反抗期が来ていておかしくない年代だからこそ、改めて親の有り難さを認識するための教育で、そういった課題が学校で出たときのことだった。    自分の名前の由来を聞いた僕は、薄々そのことを勘付いてはいたために、さほど傷付くことはなかった…――とは、言えない。  気が付いてはいたが…、思春期の少年に、その事実――ゼロ歳のときに自分を捨てた親が、名前だけは自分に付けたという事実――は、僕の中に怒りを生んだ。   「…へえ。捨てたくせにその人たちって、名前だけは付けたんだ。最低じゃん…」    僕は、母さんが悪くないことは重々わかっていた。  僕を捨てたのは彼女じゃない。――むしろ僕のことを愛して育ててくれた人である。…いや、だからこそかもしれない。   「…改名してくれたらよかったのに…、自分のこと捨てた奴らが付けた名前なんて、僕の人生をずっと苦しめるもんだとは思わなかったの」    僕が彼女たちのことを本当に親だと認めていたからこそ、僕はこうして、母さんに当たってしまった。――母さんは目に涙をいっぱい溜めて、ムッとしながら。   「…でも、ユンファ…あのね。貴方のことを、実のご両親は、捨てたんじゃなかったの。――仕方ない事情が…」   「なに、その仕方ない事情って」   「言えない。今は言えない。でもとにかく、貴方は実のご両親にも愛されて…」   「愛してるやつが、子供のこと捨てるかよ。」    僕が吐き捨てたその言葉に、母さんは眉を寄せて怒った顔をした。――でも、ため息をついて目線を伏せて。   「…捨てられたんじゃないの。ユンファは、本当に捨てられたんじゃない。――もちろん貴方は、私たちの子よ。愛してるよ。でもね…」   「…理由言わないで捨てたんじゃないとかいわれても、正直信じられないんだけど。」   「いつか言うから。」   「いつかじゃ困る。」   「…だってユンファ、…言ったら貴方、…」   「なに。傷付くと思ってんの。…もう傷付いてるよ。」    この押し問答のあと、僕と母さんは激しく喧嘩した。  もちろん僕は、思春期に反抗期が綯い交ぜになっている時期であったが、だからといって母さんを殴るようなことはしなかった。――ただ…昔から口が立つほうというか、屁理屈がいくらでも出てくるほうというか、…口喧嘩でくどくど相手を理詰めするタイプ、というか。  僕は結局、母さんを泣かせ、怒らせ、彼女をかなり感情的にした。――そうして…母さんが僕を気遣い、言おうとしなかった理由――自分が実の両親に捨てられた理由を、聞いた。     「…っもう言えば満足なら言ってやるけど、――アンタはある事情でうちに来たの、…どうしてもオメガはうちで育てられないからって、泣く泣くよ、…しょうがないでしょ、どうしても周りに認めてもらえなかったの、アンタを生んだご両親は!」      そう言った母さんは…私言っちゃった、と、一瞬で後悔したんだろう。――真っ赤になった顔をしかめ、両手で顔を覆い隠し、あぁぁ、と泣き声をあげた。「ごめんユンファ…ごめん、あたし…ごめんね、ごめん…」――僕の目の前で威勢を失い、泣いている母さんに…僕もさっと冷静になった。  彼女が泣いていたからか、それともその事実――僕がオメガ属で生まれたから、養子に出された――という内容に、なのか…とにかく呆然として、逆に僕は冷静になった。   「あたし何言ってんの…ほんとにごめん、ユンファ…」   「僕のほうこそごめん、母さん…」    ()()()()()()()()()――母さんは、だから僕に言わないようにしてくれていたのだ、と…今更、その理由を知ってから僕は、理解していた。――言えない、言えないと言っていた母さんに、僕がしつこく聞いたのだから、確実に自分が悪いこともわかっていた。   「…でも、聞けてよかった、…僕、別に傷付いてないよ、ほんとに」      それは――正直、…嘘だったんだが。           

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