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「どう…?」――ソンジュさんが僕に見せてきた首輪は、黒い革のものであった。…中央の銀のバックルはハート型をしており、そのハートから、小さな黒い十字架のチャームが垂れ下がっている。
ソンジュさんはその首輪を、僕のうなじに通し、それを僕の首に嵌めながら、優しく微笑んでいる。
「…気に入ってくれるといいんだが…、ロザリオ には、ブラック・オニキスを使ったんだ…――魔除けのお守りだよ…、それに、この石がユンファさんの不安や恐怖も、和らげてくれるからね……」
「…………」
ぼんやりとしている僕は、ふ…と頭に浮かんだ思考に、ゆっくりとまばたきをした。
僕が毎晩神様に祈っていることまで、ソンジュさんはまさか、知っていたのだろうか。…いや、たしかに僕の左耳には十字架のピアスがある。それもその銀の十字架自体、八センチほどもあればそれこそ、パッと見ただけでもそれが宗教的なシンボルであることはわかるだろう。
とはいえ、ヤマトではこの十字架を、ただのファッション――宗教的な意味合いのないお飾り――として身に着けている人のほうが多い。
つまり、僕の左耳にぶら下がった十字架だけでは、僕が信者であるとは判断しにくいはずなのである。――それも、ブラック・オニキスだ……おそらくは知っていてソンジュさん、複合的な意味合いをもってして、その石でできた十字架にしたのだと、僕はその実気が付いている。
なぜ僕が神様を信じていることを、彼は知っているんだろう…と、僕がいま思ったのは――昔の信者は、そのブラック・オニキスで十字架を作って、魔除けのお守りとして肌見離さず身に着けていたそうなのだ。
しかし皮肉なことに、その神聖な十字架が付いているのは――性 奴 隷 の 証 としての、黒い首輪にだが。
僕の首にはまった首輪を眺めているソンジュさんは、指先でそっと、その黒い十字架を撫でる。
「…それから…このブラック・オニキスは、縁 切 り の 石 ともいわれているんだ…――だからこれでもう、ケグリたちとは縁が切れるよ…、よかったね、ユンファさん……」
「…………」
僕は、さっきあんなに半狂乱になっていたわり――今は微睡んでいるかのように、ぼんやりとして…やけに精神が落ち着いている。…このブラック・オニキスのおかげだろうか。それとも…この優しく静かな声で、柔らかく僕に語りかけてくる、ソンジュさんのおかげだろうか。
あるいは、もう――ノダガワ家の性奴隷ではなく、ソンジュさんの性奴隷となった、という…ある種の諦観がゆえだろうか。
それにしてもこの首輪の内側、柔らかい布を使っているうえ、ふわふわとしたクッション素材でもある。――あくまでも僕の首を傷つけないようにと、そういったソンジュさんの気遣いを感じる。…あの赤い首輪とは大違いだ。革そのものであり、金属部分も僕の首直に触れていた。
「パニックや、トラウマからも、守ってくれるからね…」
「…………」
ソンジュさんは身をかがめ、僕の首輪に――その黒い十字架に、そっと口付けた。…そして、そこで彼は憐れみの優しい声で、こう言うのだ。
「怖かったね…つらかったね、ユンファさん…――でも、これでもう大丈夫だ…、これからは俺と、このブラック・オニキスが、貴方を守ってあげる……」
「………、…」
僕の胸が震える。
僕の鎖骨のくぼみにのった十字架が震える。
僕のまなじりから――涙が、こぼれ落ちていった。
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