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「…はははっ」
無邪気な子供のように高く笑ったソンジュさんは、ギ、と前に手を着き――僕を組み敷くようにして、僕の目をじっと見下ろしてくる。
「…貴方のためにやってあげたんだよ、俺は…」
「……、……」
褒めてほしそうな、子供のような目をしているソンジュさんは、それでいて無表情なのだ。
「…全部全部全部ユンファさんのためだ…、首輪も、ピアスも…ううん、実は、まだまだプレゼントしたいものはあるんだけど…、ねえ、喜んでくれましたか、ユンファさん…?」
「……、……、…」
にこ、と頬を薔薇色に染めて笑い、ソンジュさんは僕の戸惑う顔をじっと見つめ…――それから、す…と冷たい無表情となる。
「……なぜ…? なぜ貴方は喜んでくれないんだ…、ユンファさん…ねえ、まさか、あんなヤツらのことが、――好きなの、ユンファさん…」
地を這うような、不機嫌をあらわにするソンジュさんのその声に、僕は――ケグリ氏にしろ、彼にしろ、どちらにしても怖い、と、恐怖に震える唇を合わせた。…それは今、ソンジュさんに下手なことを言うべきじゃないという、僕の本能の決断だ。……逆らえば、彼にあのハサミを突き立てられ、殺されるような気がしたのだ。
「なあ、あんなキモい変態どもが好きなの…? あんな奴らが…? ねえ、好きってことなのか…? ねえ、ユンファさん……」
「…ち、ちが……」
ただ僕は、無表情のソンジュさんがボソボソそう聞いてくるのに、恐れから怯んで喉が詰まりそうじゃない、とは言えないまでも、ふるふると顔を横に振り、否定した。
しかし、ソンジュさんの虚ろな目は、僕のその否定を映さなかったようだ。
「…どうして…? どうして…俺、こんなに頑張ってるのに、優しくしてあげたのに、こんなに尽くしているのに、どうしてユンファさんは、どうして、…っ口を開けばすぐアイツらのことばっかり、ごめんなさいごめんなさいって、俺じゃなくて、…貴方はアイツらに謝ってるんじゃないか、…――喜んでほしかっただけなのに、どうしてあんなヤツらが、どうして、貴方の中に深く刻まれてるんだ…、どうして…?」
じわりと涙を目に浮かべて顔をしかめ、しかし…また馬乗りの姿勢となったソンジュさんは、僕の乳首から外した二つのニップルピアスを人差し指と親指でつまみ、それを目線の位置に上げて――不思議そうに首を傾げる。
「…どうしてなんだ…? なぜ俺じゃないんだ…、俺、何か間違えてしまったのかな……」
「……ソンジュさん、」
「っあぁムカつく、…あぁ、…あぁあ…っ!」
突然そう詰まった声で言ったソンジュさんは唸り、キッと険しい顔をし、――ソンジュさんは、そのニップルピアスにもまた、あの工具の刃を噛ませた。――ガチッガチッとピアスまで粉々にしてゆく彼は、
「グゥゥ…ッムカつくムカつくムカつく、…なんでだよ、なんで、なんで、…ッなんで俺は愛されないんだ、…死ね死ね死ね、…」
「…………」
僕は、こう狂ってしまったソンジュさんを見て、気が付いたことがある。――ガチンッガチンッと、僕のピアスを粉々にしてゆくソンジュさんは、…見開いた目からホロホロと涙をこぼしている。
「…ユンファさんなら俺のことわかってくれると思ったのに、どうして、なぜ、…」
「………、…」
貴方は――。
「…っどうして、なぜ、なぜだ、なぜ、俺はユンファさんのことがこんなに好きなのに、――どうして…、愛してるのに、どうしてなんだろう、どうして…何が足りないんだ、俺、……なぜ愛してもらえないんだ…」
「……ソンジュさん…」
貴方は、…愛されたいんだ。
小さなピアスは、早くももうボロボロになった。…これで、褒められたかったんだろう。――ソンジュさんは険しい顔をし、頭を抱え、クゥクゥ喉を鳴らし、ゆら…ゆら…と、揺れるのだ。
「…っはぁ…は…、…俺が悪いんだ、俺が悪いんだ、俺が悪いんだ、俺が悪いんだ、俺がいい子じゃないから、俺が悪い、俺が悪い…、ぼくが、ぼくが悪い…ぼくのせいだ、ぼくのせいだ、…ぼくが悪い子だから、……――いや、いやいや……」
「…………」
はた…としたソンジュさんは、僕の体の上に散ったその金属を見下ろし、グッと顔をしかめると――そう険しい顔のままに、ニヤリと笑う。
「…違う、違う…俺はよくやったよ…、いつかきっと、ユンファさんならわかってくれる…――信じてくれる…俺のこと、信じてくれる…俺のこと見てくれる、…ユンファさんなら絶対理解してくれる、大丈夫、大丈夫だ、問題ない…、優しくしてあげるね…誰よりも優しくしてあげる…貴方が求めるものは何だってあげる…守ってあげる…俺がユンファを守ってあげる…、もう誰も許さないよ…ユンファを傷つける奴は、俺、もう絶対許してあげないことにしたんだ…」
泣きそうな震えた声でそう言ったソンジュさんは、はら、と綺麗な涙をこぼして、…壊れそうに虚ろな顔で、笑った。
「…だって壊したんだから、壊してあげる…こんなゴミ、もうつけようもないんだから、忘れてくれ…っああ駄目だ、ユンファさんの肌に触れてるじゃないか、…」
「………、…ッ」
バッバッバ、と僕の体の上にある首輪やニップルピアスの破片を、必死の形相で払うソンジュさんは、クゥ…クゥ…と気弱に喉を鳴らしている。――「ごめんね、ごめんねユンファさん、ごめんね」…そう謝りながら、ソンジュさんは一欠片も僕の肌からそれらを残さないよう、必死にその手でそれらを払い除けている。
「……これでいい、これで…何も問題ない…、…」
「………、…」
ただその人をぼんやりと見上げている僕は――ソンジュさんの、その恋心が。
少なくとも僕を騙そうというものじゃないことを、今に見ているような気がしている。
ただ、シンプルな恋心――単に人を愛して、恋い慕うという感情にしてはどうも、ほの暗く、執着に近しいような気もするのだが。
貴方の優しさは嘘ではなかったようだ。
むしろ、本当に――ソンジュさんは、神様のように優しいのだ。…その愛が深いからこそ煩わしい顔をせず、僕が眠れるようにと、ずっと寄り添ってくれた。
それくらいの深い愛がなければ、何度も何度も目を覚ました僕に、またかよ、という顔をしたに違いない。
よくわかった。――貴方は、愛されたい人なのだと。
だから、僕を深く深く愛する人なのだと。
僕はわかった…――ソンジュさんは、どこか僕と似ている人なのだと。
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