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「…………」
「…………」
ソンジュさんは、僕の上で魂が抜けたように脱力した様子で、馬乗りになったままである。――ただ…ほろ、ほろ、と、人形のように整った無表情のその顔、その目からは、絶えず涙のしずくが落とされている。…その水色の瞳の中にある水が、流れ落ちているように見える。
ほつれたホワイトブロンドの髪が、乱れて彼のなめらかな象牙色した額にかかって――痛ましい姿に見える僕は、少し勇気を出してソンジュさんに話しかけた。
「……ソンジュさん…、…お願いが」
「……、なんですか…?」
しかし、僕が声をかけると、ふ…とほんのりと微笑んで、その涙に濡れた水色の瞳が、僕を捉える。――嬉しそうなのだ。…まるで子供が、親に構ってもらえたかのような反応だと、僕は少しだけ胸が締め付けられた。
「…手枷と、足枷…外してくださいま…」
「駄目に決まってる、そんな…、…どうせ逃げるんだ」
僕の言葉を遮り、強い調子でそう断るとソンジュさんは、キッと力なくも僕を睨み付けてきた。
「…怖かったんですか…? 俺が怖かったんでしょう…、だから逃げるんでしょう…? ユンファさんは俺から逃げるつもりなんだ、でも…貴方が俺から逃げるなら、…俺から離れるというのなら――それくらいならいっそ、…殺してやる…、なら一緒に死のう…」
「………、…」
そうじゃない。
僕は、そのつもりはない。――僕を睨みつけてくるその目はどこか、怯えている。
本当に怖かったのは――ソンジュさんなのだろう。
「…そうじゃありません。――僕は、逃げません。」
「じゃあ…なんですか、なぜ…」
「…貴方を…――ソンジュさんを…、僕は、ただ抱き締めたいだけなんです。…貴方の頭を、撫でたいんです」
僕が、その悲しく睨んでくる瞳を見つめながらそう言うと、ソンジュさんは…――ふ、と、目線を下げた。…そして、諦めの弱々しいその伏し目と、弱々しい声が。
「……なぜ…本気で、そんなことを思えるのですか…」
それこそその質問は、僕になぜという思いを抱かせる。
なぜ、ソンジュさんは、それが不思議なのだろうか。
「…ソンジュさんは、僕にもそうしてくださったじゃないですか。泣いて、怯えている僕に…――貴方が、僕にそうしてくださったからです」
「…………」
ソンジュさんは、ゆっくりと動いた。
僕の頭上の手枷を緩め、外そうとしてくれている。
「……怖いですか」
こう聞いたのは、僕だ。
え、と僕に目線を下ろし、弱々しく僕を見てくるソンジュさんに、僕は軽く首を傾げた。
「ソンジュさんは、怖いんですか」
「……、怖いです…――自分が…、貴方を殺してしまいそうだ…」
そう怯えた子供のように小さな声で言ったソンジュさんは、また僕の頭上に目線をやる。――そして、僕の手枷を外す。…はら、と開放された僕の片手首、もう片方を緩めるソンジュさんの顔を見上げて、僕は。
「…………」
不思議だった。
どうも不思議なのだ。――弱々しいソンジュさんのその姿を見ていると、不思議な気持ちになってくる。
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