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僕はそうしてなかば無理やり、隙をみて、ソンジュさんの手からミネラルウォーターのペットボトルを奪い取り、本当に大丈夫でーす…と示すように、それを飲んだ。
罪悪感のほうはというと…なぜかこのときは不思議と、もうあまりなかった。――全くなかった、というときっと、そういうわけではないのだが。
それは先ほど、ソンジュさんが僕に、優しく水を飲むことを許してくれ、励ましてくれたから、かもしれない。
それか…もしかすると、僕はいつも浴室の蛇口から水を飲んでいたために、僕の体…か、または僕の意識のほうに、水分補給は此処 でするもの、と知らぬ間紐付けられていたのか。
または――生きることのほうが重要だ、いま水分補給をしないと最悪死ぬ…なんていう危機感を本能的に察知して、その罪悪感が二の次になっていたのかもしれない。
あるいはもう、ソンジュさんに示すので精一杯だった、という可能性もある。――よっぽど、あんなセックスをもう一回なんてされたら、それこそ死ぬ。という…ある意味での自己防衛本能だったか。
なんにしたって今度の僕は、ソンジュさんの前で水をゴクゴク飲むことができた。…よっぽど僕は、生きたいのかもしれない。――自分の生命力の強さに、驚くほどだ。
いや、そりゃあ…生きたいと、なぜかそれでも僕は、それでも生き伸びたいと――。
僕はどんなに惨 い仕打ちを受けてきても、それでもここまでなんとか生きてこれたわけであるし、…たとえ夕飯が精液だけであったとしても、それでもせめてと、それを惜しむように全て舐め取っていたくらいなのだから。――どんなに惨 めでも、僕は耐えて、そうやって生きてきたのだから。
僕は、自分が思っていたよりも生命力が強く、また、思ったよりも僕はしたたかに――生きていたい、らしい。
ちなみになのだが…――ソンジュさんはもちろん、というべきか…僕がペットボトルを奪い、自分で飲む、というふうに言ったとき、え、と目を丸くしていた。
そして案の定ソンジュさんは、
『…ユンファさん、そんなご無理はなさらず、俺にやらせてくださ…』――と、言い募って、僕の手にあるペットボトルを逆にまた、奪い取ろうとしてきたのだ。
が…――僕はその手を避けつつ。
『いえっいえは、はっきりいって、…悪いけど、多分、その僕が思うに、…わ、わからないが、つまり、……』
『…はい…?』
自信はないながら…僕はあのとき、思いのほかムッとしていたか。…一応は彼なりに優しい気持ちであった…のかもしれないし、なんにしても下心は確実にあっただろうが、まあとにかくソンジュさんに対してごめんなさい、とは思いつつも、だ――それでも僕は、ありったけの勇気を出した。
『……せ、…セクハラ…かと。これは、さすがに……』
この僕の言葉 …――結果からいって。
…ソンジュさんには、効果バツグンであった。――まあもちろん僕は、しばしば“セクハラ”にならないかどうか、を気にしていた彼だからこそ、こう言ってみたわけだが。
僕がそう言うなりソンジュさん…ちょっと可哀想になるくらいしゅん…として、眉尻を下げ、キュゥ…と弱々しく喉を鳴らしては――『わ…わかりました、すみません…』としおらしく、引いたのだった。
ただまあ――それはともかく。
今しがたまで、僕の後ろで、僕の腹を片腕に抱きながらも水を飲んでいたソンジュさん…――まさか僕は、彼も同じペットボトルから水を飲むものだとは思わなかった。
正直いうと僕は、そうとは知らず、そのペットボトルから、かなりの量水を飲んでしまった…――そうならもう少し、遠慮したのだが。
「……はぁ…、いやぁ、ユンファの唇が触れたペットボトルから飲んだ水は、ひと際甘美な味がしたなぁ…、いっそ桃の味がするような気さえ…、驚くよ、本当に素晴らしい甘露の水だった……」
「…あぁ…そりゃあそうで…、……」
ソンジュさんも、あれだけ激しい動きのセックスをしていたわけだし――なんだかんだいって彼、僕優先で、口移しのときも僕にしか水を飲ませていなかったわけだし――そりゃあソンジュさんだって、喉がカラカラに乾いていたことだr……、…?
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