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                   しばらくソンジュさんは、僕の胸に耳を当て、僕の規則正しい心音を聞いていた。――ドクン…ドクン…さざなみの、ざあ…ざあ…波音と同じペースで脈打つ僕の心臓の音に耳を澄まし、彼は僕の手のひらの下目を瞑ったまま、眠ってしまったのか…そう思うくらいに穏やかな呼吸を、繰り返していたのだ。    僕が“あの子”に語りかけていたとき、“あの子”はわんわん泣いていた。――僕の体にしがみついて、子供らしく…わんわん声をあげて、甘えたように泣いていたのだ。    だが…――ふ、と僕の胸から顔を上げたソンジュさんは、赤らんだ目で僕を見ながらも、いくらかスッキリとした笑みを、にこっと浮かべた。   「――本当に…本当にありがとう、ユンファさん……」   「……はは…いえ、ちょっとは落ち着きましたか」    もう彼は今、“あの子”じゃない。  ――きみ…ソンジュ…ではなく――貴方…ソンジュさんになっていた。   「……ええ、…恥ずかしいけれど…久しぶりに、こんなに号泣しました、…なんていうか、泣いてスッキリしたというのもあるが、――何より、子供のころに愛されなかった自分が、今になってやっと、愛してもらえたような……」    赤らみ、潤んだ涙目で、しかしはにかんだように笑ってそう言うソンジュさんに、僕は笑って首を傾げた。   「…少しでもお役に立てたなら、よかったです…――あの、たまにはまた、…たとえば辛いことを思い出してしまったときとか、また…僕でよかったら、ああやって甘えてもらっても、僕は全然……」    まさか一朝一夕で、どうにかできる傷ではないだろう。  ましてや、本来ならば僕なんかではなく、今でもなく。両親に、子供のときに。ソンジュさんは、ああして抱き締めてもらいたかったのだろうし、本来ならば、そのようでなければならなかった。――それを今の、大人になったソンジュさんに僕がそうしてあげたところで、彼の子供のころの辛い記憶も、寂しくて悲しかった事実も、それで変わることはない。  ただ…今を、少しだけ変えることなら――ソンジュさんの今を、少しでも癒やすことならば、僕に手伝うことも、できるかもしれないから。   「…僕なんかでよかったら…本当、また、貴方が辛くなったときはああやって、僕に抱き締めさせてください、ソンジュさん……」    貴方がそうしてくれたように…――僕も何か、少しでもソンジュさんの、幸せのために役に立ちたい。  すると彼、はは、と少し悪戯っぽく破顔した。   「…いえユンファさん…――むしろ俺は、貴方がよいのですよ。…よっぽど両親なんかより、貴方がいい。俺も……()()も。ね…ふふ……」    そう悪戯に笑ったソンジュさんに、僕は――あ、と気がついた。   「……、もしかして…モグスさん……」    モグスさん…――。   “「…なんだかなぁこの子は…、恋だとかなんだとかってのはなぁ()()、…まず自分の気持ちを素直に打ち明けるところから始まるもんなのよん。」”    ソンジュさんのオムツも替えていたというモグスさんは、彼のことをしばしば“ボク”と呼んでいるのだ。  これは、気のせいだろうか…――もしかしてあの人は、ソンジュさんの中にいまだ…寂しい、愛されたい、どうして、と“泣いている()()”がいることを、見抜いているんじゃないか。   「…気のせい、でしょうか…? モグスさん…もしかして、だからソンジュさんのことを、()()と……」   「…あぁ、はは…はい。実はそうなんですよ」    と、ソンジュさんはすぐに笑って頷いた。  そして彼、ニコニコと清々しい笑みを浮かべて。   「…俺、子供の頃の一人称が()()で…――それに…実は俺、これでもモグスさんご夫婦には、それなりに愛されて育ったんです。…奥様はユリメさんというんですが……だから、昔からあの人たち、砕けた場面のときは()()と俺のことを呼んで、子供扱いを…、ただ……」   「…………」    そこで目線を伏せるソンジュさんは、笑みを浮かべていながらも、どこか寂しげだ。   「…どうしても俺たちには、お互いに()()()()()()()()がある…。いや、それは正直、当たり前のことなんですけどね…――俺たちの関係性はまさか親子なんかじゃなく、どうしたって主従関係なんですから……」   「…………」    いっそ…もしかしたらソンジュさんは、モグスさんご夫婦のところに生まれたかった――なんて、そう考えたこともあったのかもしれない。…それくらいやりきれないような、そんな寂しげな彼だ。   「…しかし、とはいっても…彼らのことを、まさか両親とはとても呼べませんが、まあ実質的には…彼ら、俺の両親みたいなものです。――いつも俺のことを心配してくれるのは、彼らご夫婦ですしね。…」   「……、…」    そりゃあ…さっきのあの話を聞いていて、察しないわけもないのだが。――じゃあ実のご両親は、まさかソンジュさんの心配をしないような…そんな冷たい人たち、なんだろうか。  はっきりいって僕は、それこそ自分の、五条の実両親のことはそう知らないが…――しかしその代わり、赤ん坊のころから僕を育ててくれた月下の両親からは、本当の両親と信じて疑わないほどに愛されてきた。  だから、どうしても冷たい両親という存在を、僕にはどうしても想像ができない。――もちろんあれらがソンジュさんの嘘だとか、実は彼の気のせいで、本当は愛されていたけれど…なんて少しも思っちゃいないのだが、――それがソンジュさんの、悲しい真実だとはわかっていて…しかし、大変な幸せ者である僕には、その“冷たい両親”という存在を、解像度高く想像できるまでには至れないのだ。       

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