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――オメガであること。
いや、オメガなりの穴を持っている、ことか。
人はオメガの僕に、そのような価値しか見出さない。
僕の容姿がどうであろうとも、たとえ好みとは正反対の容姿であろうとも、他種族よりも名器とされる、オメガ男性の穴さえ持っていれば――皮肉なことに、オメガ属のフェロモンのせいもあり――人は、僕とセックスがしたいと思うものらしいのだ。
そして、巷 ではまことしやかに囁かれている――オメガ排卵期を迎えたオメガの膣内は、極上の逸品に仕上がっている、などと。――しかし、そもオメガ自体の絶対数が少なく、またオメガがよく勤めている風俗店においても、その期間中は休暇を取らされるシステムであることがほとんどだ。
つまり…ある程度金に糸目をつけなければ、オメガ自体を抱くことはまあできるものの――オメガ排卵期を迎えたオメガを抱く機会は、世間にそうそう無いものなのだ。
であるからこそ今、そのオメガ排卵期を迎えているオメガの僕をたまたま見つけたこの男は、チ ャ ン ス だと、僕の手を引いて歩いているわけである。
馬鹿馬鹿しいことだ――。
人は所詮オメガなんてみんな、都合のよいオナホだとでも思っているのだろう。
僕の手を引いてゆくこの男だってどうせ、一回僕を犯して射精したら、僕なんかには興味がなくなる。
また逆にいえば、その希少性と世間の話題性を利用した商売をしていたのが、あのケグリ氏、というわけだ。
あの男は毎月必ず訪れるオメガ排卵期――僕のそのオメガの体を利用して、毎月僕の体を、精神を、人に商品として提供していた。
だが――。
僕はソンジュさんに、気が付かされたことがある。
――僕は肉体を売っていた。
たしかに僕の身は、商売道具ではあった。
しかしそれは、僕の肉体そのものに付けられる値段ではなかった。――僕はあのとき、さながらスーパーに並んだ肉や魚の気分で、選ばれて、調理されて、ただ食われるだけの無力な存在が自分なのだと思っていた。
しかし、僕はたしかに、まだ殺 さ れ て は い な か っ た ――。
つまり僕は、既に殺され、捌かれ、完全に意思を失った肉塊ではなく――体を売られ、好き勝手されて、…いわば人 に 食 わ れ て い る 存在には違いなくとも――それでも僕は、自分で逃げようと思えば逃げられたし、抵抗しよう、自らの境遇の不条理を紐解こう…そのような意識を持ちさえすれば、自分でも、自分のことを救うことができたのかもしれない。
どうして逃げなかったんだろう。どうして自分に向けられた不条理に甘んじていたのだろう。
ただ皮肉にも――僕は誰か…ソンジュさんに救われてからはじめて、そのことに気が付けた。
どのみちソンジュさんと出会い、救いの手を差し伸べていただかなければ僕は、結局肉塊と同様であったのかもしれない。――今日は本当に、大きな転機だった。
だが僕は…――僕は、そうして自分を救ってくださったソンジュさんを裏切り、逃げてきてしまった。
「…………」
何を、しているんだろう。
自分の意思で逃げ出したのだ。――これは、そんな僕が思ってはならないことかもしれないが、
我ながら…ら し く な い 。
あまりにも無計画、あまりにも向こう見ず、…あまりにも、衝動的――感情的、…有り体にいえば僕は、自分のことをそのような人だとは思っていなかった。
むしろ――その逆のパーソナリティであると、僕は、自分自身のことをそのように解釈していた。
「…………」
そのはず…だったのだ――。
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