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7※
「…今更嫌とかさぁ…そんなの許されるわけねーじゃん、馬鹿じゃねえの……」
アスファルトの地面に膝を着いた僕の顔の前、ガチャガチャと男が、ベルトのバックルを外そうしている。
「……、…、…」
地面に着いた両膝が痛む。
ゴツゴツとして冷たいアスファルトの石が、膝頭の肌に刺さっているようである。…膝は骨っぽい部位であるから、尚のこと痛むようだ。
僕の身は竦んで、もう走り出せそうにはない。
逃げたい…だが、人に強く出られ、強いられると僕は、従わなければならない――その性奴隷の意識が邪魔をしてきて、もう逃げたくとも体が上手く、そのようには動かなさそうなのだ。
僕はなかば諦めているが――涙目で、男の顔を見上げた。
「……ぁ、あの…――ごめ、…なさ……」
「……何?」
冷ややかな目で見下され、その恐ろしい真顔に、僕は胃のあたりがぶるぶると震え、今にも戻しそうな違和感が生まれるが。
「ぃ、一回…したら、…許してください……」
「…うん、まあいいけどそれで。…ナマでいいよね?」
「……、…、…」
ナマ…――でも、妊娠…僕、――うなだれる僕は、今更自分の愚かさが身に沁みて、唇の裏を噛み締めた。
今更…やっと今更、このことに思い至った、…なんて馬鹿なんだ僕は、――オメガ排卵期が、ソンジュさんの、子…今、出され、たら…――ナマは、ナマは、――どうして着いてきた? どうして、どうして…馬鹿だ、馬鹿にも程がある、今誰かに犯されたら、僕は、…ソンジュさんの子ではなくて…――。
「…悪いけど今ゴム持ってないからさ、あとで避妊薬飲んでよ。…」
「…ぁ、あの、ナマ…ナマは困り…んぐ、…うっ…」
男は、もう既に勃起したソレを、無理やり僕の口に押し込んできた。――そして、そのまま軽く腰を振ってくる。
「…やっべ、口ん中熱くてぬるぬる…、歯ぁ立てんなよ…?」
「…んぐっ…ん、……ん…っ」
逃げたい…――逃げなきゃ、…早く終わらせ…あ、
これは…軽く腰を振られているが、普段されてきた喉奥までのイラマチオより何倍もマシだ。――そうだ。
「……んん…っ、……ん、……」
早く終わらせればいいんだ、…口でヌケば…――いや、もちろんそのあとは膣挿入させろと言い募ってくるには違いないが、…射精さえさせてしまえば、少なくともこの男には隙が生まれるはずだ。
「……、…、…」
よし、早く終わらせよう。
男は射精すると、気だるくなって意欲喪失する上に、身体的にもすぐには機敏に動けなくなる。
そうともなればもはや好都合なくらいだ、この際しゃぶってやろう。――だがこんなところで、誰かに見られたら、通報されたりしないのだろうか。…いや、今はそんなことどうでもいい――僕は目を瞑って、男の恥骨あたりに手を添え、自らソレを咥え直した。
「……んっ…? なんだよ、やっとノってきた…?」
「………、…」
汗の味、この饐 えた脂臭さ――これには慣れたものだ。
軽く吸い込みながら唇で圧をかけて扱く。…どく、びく、と脈打って、ソレは更にどんどんと膨らみ、硬くなってくる。――唇だけで咥え、下の歯に舌をかぶせては、じっくりと喉奥のほうまで男のモノを押し入れ――カポカポとしゃぶって扱いてやりながら、…固く目を瞑る。
「…うわ、…ははっ…もしかしてハメてもらえると思ったら、アンタもたまんなくなってきたんじゃないの、…」
「……、ふ…、…ん……」
今回は幸いにも、この男は勘違いしている。
カポカポとテンポよくしゃぶってやっている男のモノは、どんどん硬く、太くなってゆき――チロチロと舌を左右に動かし、…膨らみよりは安牌の、男の下腹部を軽く親指で押して刺激してやる。
「…ああ…きもちい、…っはは…そんなガッツかなくても、ちゃんと“風 俗 ”やってあげるって…――ね、とりあえず勃たせるだけにして。たっぷりまんこ犯してやるからさ…、思ったよりビッチでよかったぁ〜」
「…………」
僕がビッチというのはその通りだ。
今から犯されるとわかっていながら、こんな場所で自ら進んで男を咥え、こうして自発的にソレをしゃぶっている。――誰が見たってビッチ、淫乱、そのようにしか見えないことだろう。…いや、そもそもはじめはそのつもりでこの男に、僕はのこのこ着いてきてしまったのだ。
これで男が完全に勃起すれば僕は、確実にハメられる。
それも…オメガ排卵期が来ていて、妊娠の恐れがあってもなお、生挿入されるとわかっていて――だ。
わかっていて僕は、間抜けにも着いてきてしまった。
しかし僕は今、今はもう、この男から逃げるために、そのためだけにこの勃起をしゃぶっている――。
たまらないのか?
…オメガ排卵期が来ているから、誰彼構わず、犯してほしいと願っているか?
「……ふぅ…、…」
正直、もう少し時間が経てばそうもなるだろう。
僕だって、オメガ排卵期のソレにはさすがに抗えない。
ただ…来て初日もそう久しくない現段階では、そこまでムラムラしているわけじゃない。ましてや僕は、初日ではそこまで症状が重く出ないタイプなのである。
実は――これで、かなり理性的だ。
僕はただ、早く終わらせたいというだけなのだ。
とりあえず射精さえさせれば、僕はこの男から一目散に逃げられる――解放されるはずだ。
後々のことはそのあと、考えればいい。――まあ、オメガ排卵期が来ていて、もっと馬鹿になったら…理路整然とこれからのことを考える、なんて、それが上手くできるかどうかはわからないが。
それにしても本当に、行く宛も何もない。
だがまあ、まずは交番の場所を誰かに聞いて、警察に行って…役所の場所を聞いて、行って、相談して…――働き口やら住めるところやらを探すためにも、一先ずは保護をしてもらおうか。
生活保護を受けるか…――しかし、そうなると僕の両親に連絡が行ってしまうか。
「……っ、……」
いや、今はそういったことは後回しだ。
今はとにかく早く…早くイけよ、――早く…!
「……やっべ…どうせならさぁ、友達も呼んでいい?」
「……、…、…」
いや、読みが甘かった、――僕は目を開け、その男を見上げた。…そして口から勃起も出し、
「…やめて、ください、それは…それは困ります、…」
友達なんて呼ばれたら、逃げられないじゃないか。
それこそ一人射精させても、また別の…――それどころか数人相手に、まさか口や手だけで対応しきれるはずがない。…下手すれば、しゃぶっている間に挿れられてしまう、…というかもはや、妊娠がどうとか以前の問題にすら発展してしまうかもしれない。――馬鹿なことに、今更思い至った――拉致監禁…その可能性すらある、と。
「…えー? だってムラムラしてたまんないんでしょ。正直俺一人じゃ物足りないのは、そっちのほうなんじゃないの。」
「…いえ、本当に困ります、本当に、……」
ニヤニヤと悪い笑みを浮かべた男は上のほう、虚空を見ている――その耳元にはもうすでに、コール音がかすかに聞こえる、スマホがかざされているのだ。
今更僕は、自分の迂闊さを呪っている。――また僕は、本当に馬鹿なことばかり…本当に、本当に、どうしようもない馬鹿だ、僕は。
「…たっぷり輪姦 してやるからさぁ、楽しみにしててよ…――あっ、もしもし? いや実はさ、道ばたでばったり、排卵期きてるオメガが……」
「……、…、…」
どう、しよう…――いや。
いや今なら、――この男が電話に気を取られている今ならば、隙がある。
と、僕はさっと立ち上がり、
「…あっおい、どこに、…」
「……っ!」
逃げようと体を返した――。
が……すぐそこに立っていた女性の、ピンク色の大きな目と目が合う。
「……っあ、……?」
このまま走り出せばぶつかると、僕は思わず、ハッと立ち止まった。
「――えへへ♡ こんばんわ、おにいさんたち♡」
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