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「…はー肝が冷えた…――で、ゆ、ユンファさん、…あーと、大丈夫かい…? 心配したんだぞぉもう〜〜……」
「……、…ごめん、なさい、本当に……」
そしてモグスさんの開口一番は、逃げだした僕を責める言葉ではなく、その白髪混じりの眉尻を下げ、心底心配そうな顔の通りの、僕への心配の言葉だった。――モグスさんのその笑いジワのある優しい目を、顔を見て、心配の言葉をかけられた僕は、…途端にぐっと、なぜか泣きそうになる。
また、僕の足下にお座りをしなおし、僕を見上げてくる金色のわんこ…否、
「…ユンファさん…とりあえず、家に帰りま……」
「ぐア゛…っああ゛〜〜! あーと、あーーそうそうそう…とりあえず家に帰りましょう。ね、ユンファさん」
「…………」
しゃべ…喋った、いや、それでやっぱりこの金色のわんこは、いよいよソンジュさんだとわかったわけだが――この姿でもソンジュさんの低い声だった――モグスさんがすかさず、ソンジュさんの言葉を大声で掻き消した。
いや、それはそうか。――というのも、“狼化”したアルファは本来、有事の場合以外に外出してはならない、という国の決まりがあるのだ。――つまり彼、首輪にリード…散歩中の犬のふりをしてまでも、モグスさんと共に、僕のことを追いかけてきてくれたらしいのである。
「……、…――。」
僕はあまりにも申し訳なくなって、うなだれた。
「……僕、…ごめ…、な…さ……」
そして謝ろうとした。でも声が、上手く、出ない。
自分の喉を指先で確かめた僕は、その指先がガタガタと、…自分の体がガタガタ震えていることに、今更気が付いた。
いや…本当に身勝手だが、今は救われたという気持ちで、物凄く安堵している。
立っているのもやっと、というくらい安心して、なぜか今は、泣きそうだ。
するとモグスさんがやはり心配そうに、僕の肩をポンポンとしながら。
「……怖かったなぁユンファさん…、なあ、とりあえず…あーと靴、おいソンジュ、お前靴どこやった?」
「………、…」
僕は首を横に振った。――怖いとか、そうじゃない。
きっと、そうじゃ…――そもそも僕には、そう思う権利さえない。
何もかもが自業自得の因果応報、その結果なのだ。
今回は幸い、こうしてさまざまな人にご迷惑をおかけしながらも助けてもらえたが、…そうでなかったなら僕は、自分の愚かな選択のせいで、どうなっていたことか…――いや、僕は自滅の一途を辿っていたに違いない。
モグスさんは一度ソンジュさんのリードを手放したらしい、「なぁに大事な靴放ってんだお前〜、途中吠えたりするから拾ったりなんだり…逆に手間だぞ手間〜」と、ぼやきながら彼、離れて行っている。
そして狼の姿ながらも、優しい水色の目で僕を見上げてくれるソンジュさんは、ぶんぶんとふさふさの尻尾を振りながら。
「…ユンファさん、お怪我はありませんか…? とりあえず今は、モグスさんの上着をお借りしてくださいね。…靴は俺が咥えて持ってきたのですが…その格好では寒いでしょう。家に帰るまでに、お風邪を召されてしまうかもしれませんので」
「……、…、…」
僕の予想とは違い、とても優しい目をしているソンジュさんは、優しい声でそう僕を気遣ってくださる。――じわじわと目が潤み、僕は眉根を寄せた。
堪えている。僕は泣くべきじゃない。僕に泣く権利なんかない。…身勝手な理由で、身勝手にも逃げ出し、身勝手にも彼らにご迷惑をおかけして――全部自業自得だ。
「僕が悪いんです、僕が全部悪い、――あの人に着いていったのは僕です、自分で着いて行きました、犯されることも全部わかってて、…っ合意してたんです僕は、強姦なんかじゃない、――あの人は何も悪くありません、…」
堪えても、僕の鼻梁 をゆっくりと、熱い涙が伝ってゆく。
「…無理やりなんかじゃなかった、本当に救いようのない馬鹿で、僕は、…っ強姦じゃなくて本当に、――あの人にも本当に、申し訳ないことをしてしまいました、…皆さんにも本当に、本当にこんなご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません、…はぁ…っ助けてくださってありがとうございました、でも、本当にごめんなさい、……」
僕は、深く腰を折って、頭を下げた。
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