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「ほい靴。」――モグスさんが様子を見て、僕の足下にボトッと、…あの赤いラインが入った白いスニーカーを置いてくれた。…すると、僕の足下にお座りしているソンジュさんがギッと、モグスさんを睨みつつ顔を上げ。
「…おい、何をしているんです。というかなんですか、その荒い所作は…っ! もっとユンファさんのことを敬えクソジジイ、ほら、早く履かせて差し上げ…」
「ありがとうございます、…はぁ…」
何してるんだよ、僕は…――やはり自責の念は絶えないが、まさか靴を履かせてもらうまでしてはいよいよだと、自分でそのスニーカーに足のつま先を入れてゆき、それを履いてゆく。
するとソンジュさんは立ち上がり――犬のような狼の姿のため、四つん這いというべきか立ったというべきか――すり、と僕の片手の甲にふかふかの頭を擦り付けてくる。
「……、ユンファさん…咄嗟に嫌だと判断できる人のほうが、少ないものですから。ね…ご自分を責められるのは、もう十二分かと…」
「…すみません…本当にごめんなさい、…皆さん本当に…本当にありがとう、ございました、…」
こんなにたくさんの人にご迷惑をおかけして――本当に馬鹿な自分が恥ずかしい。
スニーカーを履けたあと、僕は泣きながら、深々と腰を折って――太ももに両手を添え、また頭を下げた。
するとレディさんが一瞬、心配そうな顔をして僕の顔を覗き込んできたが、…僕と目を合わせるなり彼女、にっこりと愛想良く微笑む。
「…もう自分のこと、許したげてね?」
レディさんは腰の裏に両手を組み、僕を見上げながらこてん、と顔を横に倒した。…僕は腰を伸ばし、レディさんを見下ろしながらうんうんと頷く。――そして中性的な声の女性は、僕の震えている肩から二の腕を、何度も優しく撫でさすってくれる。
「いいのいいの、本当に無事でよかったわ。あなたが無事ならそれでいいんだから。…ごめんね、一瞬ちょっと迷っちゃったからあたしも…お節介になっちゃうかなぁとかさ…。でもあなた、自暴自棄に見えて…やっぱりって追い掛けてきて、正解だったね。」
「……ぅ、…く、…」
優しく笑うその人に、また僕は嗚咽がこみ上げてきた。
すると彼女は、「あ〜もう、怖かったね〜」と甲高く安心するような声で言うなり、僕のことを抱き締めてくれた。――そして僕の背中をポンポンとしながら。
「…大丈夫大丈夫、いっちゃえばあたしたちは、勝手に心配してただけじゃない? ――でももう駄目よ? ああいう男に着いてっちゃ…、自分を大切にね。」
「……はい、ありがとうございました、こんなにたくさんの方にご迷惑をかけて、――本当になんとお礼を言ったらいいのか、わざわざ見ず知らずの僕なんかを、…」
追いかけてきてまで…――と、言いかけた僕。
それにハスキーな声の女性は、僕の両方の二の腕をゆるく掴み、離れては「あ、いや…」と。
「…それに関してはちょっと…違うかな。実はね、あたしたち…――あなたのこと、多分…ち ょ っ と 知 っ て る のよね。あはは…」
「……、…え…?」
僕はきょとんとしてゆっくり顔を上げ、…どういうことだ、と苦笑している彼女を見る。――彼女は苦笑していたが、僕の目を見るなり、凛々しくニコッとした。
「…あたし、サトウ・サトコっていいます。こっちは通称、レディ・マリア・コレット。…」
チラリと薄い緑色の横目で示された下のほう、レディさんはにこっと笑って「はーい♡」と僕に手を振った。
そして、そのミントグリーンの瞳はまた僕を見据える。
「……で――あなたは。…ツキシタ・ヤガキ・ユンファさん、でしょ?」
「……ぁ、はい……」
僕の名前を、フルネームで知っている――サトウ・サトコさん――サトコさん、は。何かホッとしたように、にっこりと顔をほころばせた。
「…あはは、やっぱりぃ? ――実はソンジュさんにね、ちょっと前に仕事関係で、あなたの写真見せられて…、ユンファさんの目って、なんていうか…特徴的じゃない? 綺麗よね、色がというか、なんだか印象的で…」
「うん♡ ミステリアスでぇ、すっごくかわい〜目だよね〜♡」
「……、ぁ、ありが…ありがとう、ございます…?」
いや、褒められたことはわかっている。
そして、この場合の返答がありがとうございます、で正しいこともまた、僕は確信している。――だが、写真を見せられてって、…どういう…?
「…わんわんちゃんとぉ、喧嘩でもしたのぉ?」
と、レディさんは目をまんまるにして僕を見上げ、くいっとその小さな顔を傾けた。――もともと目の大きい彼女は、そうするといよいよまるで、お人形さんのようだ。
「…あ、いいえ、そういうわけではなくて……」
そうじゃない、僕が勝手に逃げ出したのだ。
喧嘩なんてしていない…――むしろ、喧嘩に発展してでも僕は、きちんと筋を通すべきであったのだ。
「…そなんだ。ふーん…なんでもいいけどぉ、実はまりあねぇ、ず〜っと気になってることがあるの……」
レディさんは僕を見上げ、少し拗ねたような顔をする。
それがまた何かこう、なんというか、すごく可愛い顔だ。――はっきりいってなんとなく、可愛らしい少女(子供)に甘えられている感があり、悪い気はしない。
「はは、な、なんでしょう…?」
思わずニヤけてしまった僕。
すると、僕の足下にいるソンジュさんがグゥと唸って、僕の片手の甲をペロペロしてきた(…やはり大きなわんこだ…)。
そしてレディさんは、むうっと頬を膨らませたなり、「もうっ」とむっとして。
「…そのバ ス ロ ー ブ の 紺 色 。まりあが、わんわんちゃんがかわいくなれるようにって選んだ色なのにぃ。――あのね、あなたがも〜っとかわいくなれる紺色はぁ……」
「……?」
このバスローブの、…色? ああ、確かにこれは、ソンジュさんのものを僕が借りた…――そこで、レディさんの肩をトントンと叩いたサトコさんが、神妙な顔をして。
「…レディ、こんなところで立ち話もなんだから、車ん中入らない? それに…ねえモグスさん、よかったらあたしたち、家まで送ってあげようか。」――と、神妙な顔をしてモグスさんに振り返る彼女に、モグスさんはうなじを押さえて、ペコペコと。
「…おーいいのかサトコ? そりゃありがてぇなあ〜、助かるよほんと…頼んますわ。」
「いいのよ別に、ついでだし。ここで会ったのも何かの縁よ…――まあ実は、モグスさんに電話もらったからこの辺にいたんだけどね。ふふ…」
ひょいっと肩を竦めるサトコさん。
そこでパンっと両手を合わせ、ニコニコするレディさんは、そのピンク色の大きな目をキラキラさせている。
「あっそだ! お車の中にぃ、かわい〜お洋服ちゃんたちが、いぃっぱいあるんだよぉ。…だからぁ、まりあのかわい〜お洋服ちゃんたち、あなたに貸したげるね♡」
「…え」
レディさんは僕の目をキラッキラの目で見上げながら、そう言うのだが。――しかしソンジュさんが、僕の足下で、はあ…とため息をつく。
「…レディ、どうせ一度こだわり始めたら長くなるんだから…――ユンファさんに服を貸すのは予定通り、明日にしてくれ。今日のところは、早く家に帰らないとね…」
「ええ〜っ…わんわんちゃんのケチぃ。」
するとレディさんは、それにむすくれてしまった。
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