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ありがとうございました――いーえー、じゃあまた明日ね〜――そう穏やかに、ソンジュさんの家の前まで送ってくれたサトコさんたちと別れた僕らは今、また家へと向かうエレベーターに乗り込んでいる。
なお、“狼化”したソンジュさんは一応まだ犬のふりしており、モグスさんの手にあるリードに繋がれ、赤い首輪をして、僕たちの足下にお座りしている――そうであっても体が大きく、彼の頭は僕の腰やや下辺りにあるが――。
そして、モグスさんは僕の隣に立っているのだが…――にわかにモグスさんが、「あーその、ユンファさん」と僕に話しかけてきた。
「はい」
僕はなんの気もなくその人振り返る。
するとモグスさんは、…べこッと――。
「……っ?」
「――先ほどは、大変申し訳ありませんでした」
深々と90度、腰を折り――こうしてにわかに、僕へと頭を下げて真摯に謝ってきたモグスさんだが、僕は驚いて目を瞠っている。
「……ぇ、? えと、な、何が、ですか…?」
そもそも僕は、モグスさんに何のことでこんな真摯に謝られているのやら、まるでわかっていない――むしろご迷惑をおかけしたのは僕のほうである――。
僕がうろたえながら尋ねるとモグスさん、頭を深く下げたまま。
「…いやー勝手に、ユンファさんのお荷物を見てしまってね、…ありゃあ本当に申し訳なかったと……」
「…あっ…? あ、あぁいえ、全然、全然大丈夫ですそんな、…僕は何も気にしていませんから、どうか頭を上げてください……」
僕はむしろ慌てた。
というかそれに関しては、ソンジュさんからも説明があった通り、致し方ない事情があったことはもう、よくよく理解しているつもりである。――そんな…腰を90度に曲げてまで謝罪されるようなことではないだろう。
「…あの、全然大丈夫ですよ、ソンジュさんから聞きましたから、九条ヲク家にはそういうルールがあるとのことで…」
「そういえば俺も、申し訳ありませんでした、ユンファさん……」
「…へエ…っ? な、…ソンジュさんまでなんですか、」
間抜けな声が出てしまった、――なぜかソンジュさんまで、僕の足下でうなだれるように頭を下げてきた。
「…あ、あの…ソンジュさんには何を謝られてるんだかわからないが、…お二人とも、そんな…そこまでなさらなくとも……」
いっそ混乱してきたんだが、…どういうことだ…?
しかし、二人とも腰をべコッと折ったまま――というかソンジュさんは深くうなだれたまま――こう会話する始末である。
「……いやぁ別に、坊っちゃんは謝らなくとも…」
「いや別件なのですよ、モグスさん…」
「別件ですと? おー何したのお前。」
「…何をと言われても正直困るのですが…つまり、そうして話すにも憚 られるようなことをしてしまいました。思えば確かに、俺はユンファさんを悪気なく少し、いじめてしまったかもと……」
「……、…、…」
頭を下げたままのモグスさんとソンジュさん、頭を下げたまま会話をしているこのお二人に、いっそ居心地の悪さを覚えている僕だ。
そこまでかしこまらなくとも、…ましてモグスさんはともかく、ソンジュさんに関しては何に謝られているのやら、僕はいまだまるでわかっていない。
「……何、いじめたって?」
「…いやちょっと、…ハ ラ ス メ ン ト 的 な も の を、少々……」
「……、…、…」
え、…もしかして…まさかとは思うが、セクハラのことか…?
いやしかし、何もそんな…そもそも僕は別に、本気でソンジュさんのあ れ ら をセクハラだなんて…――正直いうとなんとなく恥ずかしいような気がして、ああいうイチャイチャする感じに全然慣れていなくて…――いわば拒むための、体のよい理由付けに使っただけなのだが。
というかそもそも、頭を上げて話せばいいのに、…なぜその腰を折った姿勢で会話するのだろうか、彼ら。
そして相変わらず、モグスさんは腰を90度に曲げたまま。
「…いやユンファさん、勘違いしないでよん? 個人的にそ う い う 趣 味 があるわけじゃないんですよ、俺だって仕事で……」
「それはもちろんです、まさかそんな勘違いはしていませんが…、…」
が。――だから、なぜその姿勢で…?
というかむしろ、僕のほうこそ個人的にあ あ い う 趣 味 がある――山ほどのアダルトグッズ&エロ下着が僕の私物な――わけじゃないんだと、モグスさんに勘違いされていないか心配だ。
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