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「…あの…もうわ、わかりましたから、どうか頭を…」
ちょっと生意気な言い方になってしまっただろうか?
しかし、僕がこう言ってもモグスさんはなかなか姿勢を変えてくださらないんだが、ソンジュさんもまた、僕の足下でうなだれたまま。
「…あぁそうだモグスさん。ユンファさんに聞いて、お飲みものをご用意して差し上げて。――夕飯までの時間に、何か気持ちが落ち着くようなものを。」
「…はいはい、かしこまりましたよ。…」
と…やはり腰を曲げたままのモグスさんが顔だけをグッと上げ、僕の目を(体勢的に)上目遣いに見ながら。
「…じゃあユンファさん、なに飲まれます? ――コーヒー紅茶、麦茶、ミネラルウォーター、オレンジジュースやアップルジュース、ココア、ホットミルク、…ワイン、ウィスキーやブランデー、ビールなんて手もありますが」
「……ぇ……えっと、あ、なんでも…、なんでも大丈夫ですが…」
だから、なぜその姿勢で…?
「いやぁなんでも、というのが、一番困りますなぁー」
体勢を変えないモグスさんと、一方やっと頭を上げたソンジュさんは僕をちらりと一瞥し、それからモグスさんを見上げた。
「…控えめな人なのですよ、ユンファさんは。――なんならすべてお出しすればよいのでは? もちろん、茶葉や豆は最高級品を…」
「い、いや、全部出されるのはさすがに、飲み切れませんから…」
困る、と慌てて顔を横に振る僕だ。
そして、ソンジュさんが体勢を正したからか――やはり一 応 は 主従関係らしい――、同じく腰を伸ばしたモグスさんは、「そりゃあそうだよな」と呆れている。
しかしソンジュさんは、きょとんとするのだ。
「……? 別に…飲み切れないならば、残せばよいだけのことではないですか。」
「……あぁ、…いいえ。それは、僕にはできません」
それはお金持ちの感覚すぎる。
というか僕は、食べ切れない、飲み切れないほど何かを頼むようなことはできないタイプの人だ。――それこそ僕が、両親からもったいないでしょ、残すとバチが当たるよ、なんて教えられて育ったような人だからだろうか。
「…そんな、どうぞ遠慮なさらず」
「…いや遠慮ではなくて、もったいないから…――食べものや飲みものを残すとバチが当たる…僕は両親にそう教えられて育ったもので、罪悪感があって……」
「いやぁご立派ですなぁ〜。私もそのように思いますよ、ユンファさん。…」
ふっと見れば、ニコニコしているモグスさんは腰に両手をあて、感心したようにうんうんと首を縦に振っていた。
「……いえ…もちろん、ソンジュさんの感覚を否定したいわけじゃないんですが…――すみません、お気持ちだけで…、……」
モグスさんに肯定していただけて、ホッとした僕だ。
…それにしても…つくづく思うのだがモグスさん、ケグリ氏とは全然似ていない…――白髪混じりのダンディなあごヒゲ、清潔感のある白髪混じりの黒髪オールバック、柔和なタレ目に、透明感のある鳶色の瞳、175センチはありそうなその体は、よく見ると白いカッターシャツと黒いベストが、筋肉でもっこり膨らんでいる、ような。
「…はは、なぁに? 俺のイケメンっぷりに見惚れちゃった?」
「……あ、あぁすみません、ジロジロ見てしまって……」
不躾だったと僕は、顔を伏せる。
しかし、モグスさんって本当に、あのカエル顔のケグリ氏の弟…なのだろうか。本当に全然似ていないんだが。
いや、とはいえか。…ケグリ氏とは、そもそも父親が違うのだろうし――何より、同じ両親から生まれていても、全然似ていない兄弟はいるものだ。
「…いやいやいや、なんならもっと見てくれても…いてっ…」
「……? 大丈夫ですか、…」
ソンジュさんが(軽くだろうが)、モグスさんの脚に噛み付いたらしい。――今はフンッと不機嫌そうに鼻を鳴らして、ウゥ゛と唸りながらモグスさんを睨み上げているが。
「…大丈夫大丈夫、…も〜そぉんなに怒るなよお、ジョークが通じねえなあソンジュくんったら。……はは、まあとにかくね、坊っちゃんは、そもそもお腹いっぱいになるまで飯を食ったこともないもんで。――庶民の私らとは、まー感覚が違うんですわ」
「……そうなんですね。」
一度は冗談っぽくソンジュさんに唇を尖らせたモグスさんだが、ぱっと僕に振り返ったその人の顔は、ニカッと明るく笑っていた。
いや…とはいえ、モグスさんだって九条ヲク家専属の執事として生まれている人なら、そう庶民、というわけでもなさそうなのだが。――しかしその私 ら 庶 民 という言葉、モグスさんと共通した価値観に、謎の安心感と親近感が。
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