329 / 689
27
ソンジュさんの家に着いた僕ら。
そして、あのだだっ広い玄関に入るなりソンジュさんは、モグスさんに首輪を外してもらっている。
一方の靴を脱いだ僕は玄関マットに座り、先ほど手渡されたウェットティッシュで足の裏を拭いているが――そもそも、このウェットティッシュにしろそ う な気がする。
「……ところで、なぜ犬用の首輪とリードが…?」
都合よく…といったらなんだが、“狼化”したソンジュさんにピッタリの首輪とリードなんか、そうそうすぐ手に入るものでもないだろう。――僕を追いかけてくるためだけにしては、やけに準備がいいというか。
だし…なんならこのウェットティッシュだって、どうも犬の散歩のあとに足を拭いてあげる、ア レ のような気が。
それとなく僕が聞くと、ソンジュさんが(首輪を外されているため)顎をぐっと真上に向けたまま。
「…あぁ…実は俺たまに、“狼化”した際はこうして犬 の ふ り を す る のですよ。――モグスさんと散歩をしたり、ドッグランに連れて行ってもらうこともありましてね。」
「そうそう…。ボール遊びしたり、フリスビー遊びしたりね。…散歩もねぇ〜、これが意外と全然バレないもんなのよ、不思議と。――わんこのお友達もいるもんな、お前」
「ええ。」
「……へ、へえ……」
それはもう、完全に犬じゃないか…?
僕はちょっと申し訳ないながら、ウェットティッシュをもう一枚いただく。――ボックスからシュッと取り出したそれはその実、一枚では、僕の片足でも足りなかったのだ。
「…一週間も家でじっとしていると、体も訛ってしまいますでしょう。――運動不足は不健康になるのみならず、遅筆の元凶たるものでもあるのです。…いくら“狼化”した際に筆は取れないとしても、休暇中にダラダラと過ごすのは、自分のためになりません。」
「…あぁ……」
プロ意識が故に、わんこのふりをしていると…?
プライドがあるんだかないんだか…――ていうか、バレたら一応罰金刑くらいは課されるんだろうに…まあ一見、狼によく似た超大型犬、というようであるソンジュさんなので、話をしなければ案外バレないものなのかもしれないが。
そして首輪が外れると、ソンジュさんは四つん這いになり(というかわんこの姿なので、普通に立ち)、ぶるぶるっと全身を大きく震わせる。――わんこ…だ。
そしてソンジュさんは、またちょんとお座りをした。
「…さあモグスさん、喉が乾いているだろうユンファさんに、いつまでもお飲みものをお出ししないわけにはいきませんので。…あと、薬箱もお忘れなく。」
と言いながら、わんこ(いや狼)の顔なのに、厳しい顔をしてモグスさんをそう急かすのだ。
モグスさんは「はいはい。じゃあちょっとお待ちくださいね」と靴を脱いで廊下に上がり、横にあるラックから一足のスリッパを取ってはそれを履いて、一足先にリビングへの扉へと歩いてゆく。
僕はモグスさんの背中に振り返り、ひと言。
「…ありがとうございます」
そう声をかけた。
するとモグスさんは僕たちに背を向けたまま、ひらひらと後ろ手で手をはためかせ。
「いぃえぇ。…坊っちゃんに襲 わ れ な い よ う に ね。」
と、彼はそのまま扉のほうへ、廊下を歩いてゆき――ややあって、リビングへの扉へと入って行った。
ともだちにシェアしよう!

