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                 ソンジュさんの家に着いた僕ら。  そして、あのだだっ広い玄関に入るなりソンジュさんは、モグスさんに首輪を外してもらっている。  一方の靴を脱いだ僕は玄関マットに座り、先ほど手渡されたウェットティッシュで足の裏を拭いているが――そもそも、このウェットティッシュにしろ()()な気がする。   「……ところで、なぜ犬用の首輪とリードが…?」    都合よく…といったらなんだが、“狼化”したソンジュさんにピッタリの首輪とリードなんか、そうそうすぐ手に入るものでもないだろう。――僕を追いかけてくるためだけにしては、やけに準備がいいというか。  だし…なんならこのウェットティッシュだって、どうも犬の散歩のあとに足を拭いてあげる、()()のような気が。  それとなく僕が聞くと、ソンジュさんが(首輪を外されているため)顎をぐっと真上に向けたまま。   「…あぁ…実は俺たまに、“狼化”した際はこうして()()()()()()()のですよ。――モグスさんと散歩をしたり、ドッグランに連れて行ってもらうこともありましてね。」   「そうそう…。ボール遊びしたり、フリスビー遊びしたりね。…散歩もねぇ〜、これが意外と全然バレないもんなのよ、不思議と。――わんこのお友達もいるもんな、お前」   「ええ。」   「……へ、へえ……」    それはもう、完全に犬じゃないか…?  僕はちょっと申し訳ないながら、ウェットティッシュをもう一枚いただく。――ボックスからシュッと取り出したそれはその実、一枚では、僕の片足でも足りなかったのだ。   「…一週間も家でじっとしていると、体も訛ってしまいますでしょう。――運動不足は不健康になるのみならず、遅筆の元凶たるものでもあるのです。…いくら“狼化”した際に筆は取れないとしても、休暇中にダラダラと過ごすのは、自分のためになりません。」   「…あぁ……」    プロ意識が故に、わんこのふりをしていると…?  プライドがあるんだかないんだか…――ていうか、バレたら一応罰金刑くらいは課されるんだろうに…まあ一見、狼によく似た超大型犬、というようであるソンジュさんなので、話をしなければ案外バレないものなのかもしれないが。    そして首輪が外れると、ソンジュさんは四つん這いになり(というかわんこの姿なので、普通に立ち)、ぶるぶるっと全身を大きく震わせる。――わんこ…だ。  そしてソンジュさんは、またちょんとお座りをした。   「…さあモグスさん、喉が乾いているだろうユンファさんに、いつまでもお飲みものをお出ししないわけにはいきませんので。…あと、薬箱もお忘れなく。」    と言いながら、わんこ(いや狼)の顔なのに、厳しい顔をしてモグスさんをそう急かすのだ。  モグスさんは「はいはい。じゃあちょっとお待ちくださいね」と靴を脱いで廊下に上がり、横にあるラックから一足のスリッパを取ってはそれを履いて、一足先にリビングへの扉へと歩いてゆく。  僕はモグスさんの背中に振り返り、ひと言。 「…ありがとうございます」    そう声をかけた。  するとモグスさんは僕たちに背を向けたまま、ひらひらと後ろ手で手をはためかせ。   「いぃえぇ。…坊っちゃんに()()()()()()()()ね。」    と、彼はそのまま扉のほうへ、廊下を歩いてゆき――ややあって、リビングへの扉へと入って行った。         

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