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「……?」
襲 わ れ る …――?
僕は、モグスさんのその言葉の意味がわからず、ぼんやりとリビングへの扉を遠く眺めていた。
するとそこでソンジュさんが、ワンッと吠える。
彼へと引き戻される僕の意識、振り向けば。
ソンジュさんはお座りをしたまま、やけに可愛らしいつぶらな、透き通った青い瞳で僕を見ては伏せ――そのままブンブン、大きくふさふさの尻尾を振っている。
「……、ふふ……」
なんだが、やっぱり(わんこ的な意味で)可愛いな。
そう…アルファ属の“狼化”には、三種類あるという。
“人狼型”――その名の通り、狼と人が混じり合ったような姿――、“自由混合型”――“人狼型”と“狼型”が混ざり合い、その時々で型が変わるタイプ――そして、
“狼型”――四つ足の狼そのものの姿。
どうやらソンジュさんはこのパターンらしく、これはどう見ても、超大型犬である。
「…目がとろけてますよ。俺、そんなに可愛いですか?」
「ええ…」
正直いうが、可 愛 い わ ん こ にしか見えない。
まあ、サイズ的にはラブラドール・レトリーバーよりも大きな超大型犬であるし――以前ネットで見た、超大型犬のウルフドッグという犬種はきっと、実際見たらこんな感じなんだろう――、何より(わんこ的な意味で)顔立ちもシュッとしてマズル も長く、大きな三角の耳は立っていて、狼的な格好良さもある(というか顔は狼らしい)。――が…やっぱりどう見ても、穏やかそうなややタレ目の、ふわふわ長毛種わんこだ。
ソンジュさんは長い舌をペロリと出し、はっはっは…と呼吸しながら、裂けた口角を上げて笑みを浮かべる。
そして彼は、きょと…と首をかしげ。
「…すみませんユンファさん。俺の足も拭いてくださいませんか」
「…あ、ええ、もちろん。…」
またちょんっとお座りした――とはいえ、マットにお尻を着けて座っている僕より若干大きい――ソンジュさんは、お手をするように片手を上げたので。
僕は彼の手首あたりを下から支え、ウェットティッシュをもう一枚取り、その肉球を優しく拭いてあげる。
するとソンジュさんは、どこか満足気だ。
「……、…いいね。これからはユンファさんと散歩に行って、ユンファさんに足を拭いてもらおうかな」
「……、…ふふ、モグスさんが寂しがるかと……」
僕は曖昧に笑って、誤魔化した。
これから僕が話 さ な け れ ば な ら な い こ と への、ソンジュさんの反応によっては、それも叶わないからだ。
「……なぜ、そう悲しそうに笑うの…?」
「…僕、そんなに悲しそうでしたか、今…」
「…ええ……」
す…と下りてゆくソンジュさんの片手――もう一方もふいっと上がるので、僕はまたもう片手も、ウェットティッシュで拭いてあげる。
「…そうか…どうしてでしょうね」
僕が誤魔化したことは、やっぱり、ソンジュさんの目には見 え て し ま っ た らしいのだ。
「……、ユンファさん…貴方が今、悲しく思っていることは一体、なんですか。――俺が何か悪いことをした…? もしくは何か、言ってはならないことを言ってしまったんでしょうか…? だから貴方は、俺から逃げたの…?」
「…いいえ、まさかとんでもない…――ソンジュさんは、何も悪くありません…。……」
僕が勝手に、逃げ出したのだ。
僕が悲しく思うこと、それは――ソンジュさんとの時間が、幸せであることである。
素敵だな、楽しそうだな。――一瞬呑気にも、そう思ってしまった。
一瞬そう思って、そしてすぐに僕は、その自分の浮ついた気持ちを否定した。――叶うはずがない。
あり得ない。
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