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              「…っ違うんだ、そんなこと少しも僕は思ってない、ごめんなさい違うんです、っ今のは本当に、間違えて……!」    ――ハッとした僕は焦り、今に正気を取り戻した。  あんなことを口走った自分が腹立たしいほどだ。  だが、逆によかったのかもしれない。――今の一件で僕は、妙に頭が冴え冴えとしてきたのだ。    結婚はまだ離婚ができる。  恋人同士なら別れることもできる。  それに僕らの関係性とは今、現状曖昧であったとしても明確に定義されるところ、“恋人契約”を交わした上での――()()()()()()()()なのだ。  するとあるいはソンジュさんのご両親に、僕らのことを認めていただけなかったとしても、少なくともソンジュさんは、その“()()”という形を口実にすれば、自分の身を守ることができる。――だからこそいいのだ、だからこそ僕たちはまだ()()()にいられるわけで、だから僕は「()()()()でいましょう」と彼に言ったのである。    まだ僕たちは仮初(かりそ)めの範疇にいる。  だからまだ安全だ。――しかし、つがいになどなってしまったら、今いる安全圏から出ることになってしまう。  そうなったら言い訳などできない。…いざ言い訳に契約を使おうとしても、つがいになどなっていたら結局、契約上というある種ビジネスライクな関係性は見せ掛けだと疑われる、そうした取り返しのつかなくなる選択だ。――契約上の…なんて言い訳をしても、本当は、本当に想い合っているという確かな形を与えてしまう選択が、つがいになるということなのだ。   「他のことならなんだってします、本当に他のことならなんだって、…だが、――つがいにだけはなれない、…」    僕はなぜあんなことを言ってしまったのか、なぜそこまで感極まってしまったのか、――本当にわからない。   「…さっきは自分でも何言ってるのかわかってなかったんだ、――なれません。…なれませんつがいになんて…とてもなれません、どんなに酷いことをされても…、なれません……」     いや、きっと…――。  きっと僕は、辛いなかで注がれたソンジュさんの優しさに、きっとほだされてしまっただけだろう。  それであんなことを――つがいにしてほしい、なんて馬鹿みたいなことを言ってしまったのだ。    しかし僕らは、やはりどう考えても不釣り合いだ。  ソンジュさんが王子様なら――さながら僕は、穢らわしい性奴隷だ。…たとえ生まれは王家でも、生きてきた道筋の中で、僕は一度穢れた奴隷に身を堕としているのだ。    たとえ僕が五条ヲク家の生まれであったとしても、たとえ、血統こそそうして高貴な血が流れていたとしても、たとえば一年半前の僕なら、あるいは許される可能性があったかもわからないが。    僕は性奴隷だ――先ほどだってそうだ。  僕のことを犯そうとした男よりも何よりも、それを甘んじて受け入れるつもりであった、僕の――精神が。  どこまでも性奴隷に成り下がった――僕の穢れた精神、媚びを売る魂、そして…この浅ましく汚らしい肉体が。  僕こそが一番、穢らわしい。――どんなに大切にされようと、この体に流れている血がどれほど高貴なものであったとしても結局、その事実ばかりは何も変わらない。    今更、将来は五条ヲク家の当主になりたいです?  どの面下げて、そんな厚顔無恥なことが言える?    僕は性奴隷だ。――だったじゃない。    性奴隷だ。――ただの(みじ)めで汚いヤガキ、アルファの寄生虫、アルファに媚びを売るしか能のない淫乱オメガ――僕は、性奴隷なのだ。   「…穢らわしい、性奴隷、なんです、僕は、…――ソンジュさん、だから…どうぞ……」    僕はほろほろと両目から溢れる涙にも、もう諦めて笑っている。――やっぱり僕はどうしたって、情けなくて惨めな存在でしかないと痛感している。   「…僕を犯してください…。貴方の気が済むまで、どうぞ僕を酷く犯して、好きなだけ、好きなように犯して…――いくらでも、いくらでもどうぞ、優しくなんかしなくていい…。僕は、貴方に優しく触れていただけるような、そんな存在ではありません……」    それで許されるのなら、僕はいくらだって、この身をもって償うつもりだ。…こんな体じゃ(あがな)いとなるかも怪しいが、それでもせいぜいそれくらいでしか、僕には贖罪(しょくざい)となり得るものもないからだ。   「…レイプでさえ感じるような、浅ましいマゾ奴隷の体です…そんな体でよければ、どうぞお好きになさってください…。貴方の気が済むまで、殴ってくださっても構いません…、ソンジュさんが使いたいように、僕の体を使って性欲処理をしてくださるなら、性奴隷として幸いです…――それが、性奴隷である僕の役目です…。貴方の気分転換になるのなら、お好きなように僕のことを(もてあそ)んでください……」    ほろ、ほろ、と僕の両目から、絶えず涙が下へ落ちてゆく。――僕には罰が必要だ。        僕はお仕置きをしていただくべきだ。         

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