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                  「…ソンジュさん、僕なんかに…こんなに素敵な夢を見せてくださって、本当にありがとうございました……」    僕は目を瞑ったまま、濡れた頬をバスローブの袖で拭い、もう出て行けと言われるに違いないと、立ち上がろうとした。――のだが…ソンジュさんは僕の喉をぐっと掴み、無理にも僕の顔を上に向かせた。   「……わかった…貴方の身をもって罪を償ってくれるのだね、ユンファさん…――ありがとう……」   「……ぇ、…っあ、…っい…! ぁ、…〜〜ッ♡」    駄目、駄目、と僕は目を瞠り、小さく首を横に振る。  わかった…? 何が、わかった…――?  僕のうなじに宛てがわれたその人の歯がチクチク、と軽く刺さる。…甘噛みされている僕のうなじがドクドクと大きく脈打ち――今噛まれたら、血流が良くなった僕のうなじから彼の牙のDNAが全身に回り、そして大量に血が出て…それを舐め取ればソンジュさんの体内に、僕のDNAが取り込まれる。――そのあとでナカに射精されたら、()()()()()だ。――つがいにされてしまう、   「……は…っ! ……っやめ…やめ、て…――っ!」    しかし僕のこのオメガの体は、泣きそうになるほど悔しいが、素直に反応してしまっている。  アルファであるソンジュさんにうなじを思いっ切り噛まれたい、そして自分の血を舐め取ってもらいたいと――つがいにしてほしいと、反応してしまっているのだ。  駄目だと考えている僕の頭とは裏腹に、全身が強張って竦み、指先さえ痺れてピクリとも動けなくなっている。   「……は…ッ、ァぁぁ…♡♡」    ――だ、め…――つぅぅ…と噛みつかれることはなかったが、彼の尖った歯先が僕の肌を滑ってゆくと、僕の背中から骨盤までがビクンッ…ビクンッと跳ね、間抜けな嬌声がもれた。  じわじわと痺れ脈打つうなじは、僕が思っている何倍も敏感になっていたせいで、うなじに繋がる僕の背筋にまでビリビリビリ、とした電撃に近い快感があった。…すると僕の背中が弓なりに軽く反れて、何ともわからない涙が目尻からこぼれてこめかみに伝う。   「…ユンファは俺のつがいとなって、俺に貴方の一生を捧げ…そうして、俺から逃げ出した罪を償ってくださるのだね…――ふふふ、俺、本当に嬉しいよ……!」   「…は、……はぁ…っ?」    僕はそんな話、しただろうか…いや、していない。  一言たりとそんな旨の話はしていないし、勘違いされるようなことすら言っていなかったはずだ、なんなら僕は「(恋人)契約はもう破棄してください」とすら言った。  僕は恐怖を覚えた。――過去で一番というほど強い恐怖に、ドクドクと心臓が大きく脈打ち、その不愉快な鼓動は僕の手首、指先と、全身をざわつかせる。    話が通じない――これほどに恐ろしいことはない。  僕は「つがいにはなれません。貴方の伴侶にもなれません。浅ましく穢らわしい性奴隷の僕には、契約上であっても貴方の恋人でいることはできない、身分不相応だから、“恋人契約”も破棄してください。」――こういった旨の話をしたつもりだった。   「貴方の役目はちんこを咥えることなんかじゃない、誰かのサンドバッグになることでもない…、そんなの、誰にだってできることじゃないか…? あのケグリにすらできることだ…ふ、ククク…――何なら、そうしてあげようよ。俺と一緒に…貴方を今も尚苦しめて束縛している、忌々しいあのガマガエルのことなんか、俺たちでボコボコしちゃおうね……」   「……、…、…」    僕の目は勝手に泳ぐ。  あまりにも楽しそうな明るい声が、僕の耳元でそんな物騒なことを言うのだ。   「そのほうが俺のストレス発散にもなるし…というか、あの害獣どもなんかそれくらいしか役に立たない…()()()()()()()勝手に調子こいて、(きたね)ぇちんこもクソ塗れのケツの穴も丸出しの王様気取り、貴方を見下すことによって、自分らのほうが優秀だなどと酷い勘違いまでしている、厚顔無恥な奴ら…――ふっふふ…本当に恥ずかしい奴らだ…、あの害獣どもにこそ躾が必要だろう、ねえユンファ…俺たちがお仕置きをしてあげないと…? ね…()()()()()()()()()()()()()なのにね…?」   「…………」    声の調子は恐ろしいほど穏やかで上品――しかしその言葉の内容はあまりにも粗野で、どうも声と言葉がチグハグしている。   「…()()()()()()()()()()()()()()()()()()の癖に調子に乗っていただけだよ、アイツらは……アイツら、貴方の有り余るほどの価値を、手元にあるからとそれが自分の価値だなんて、クソくだらねえ妄執に取り憑かれているだけなんだ…――散々好きなように扱ってくれて、俺の(ぎょく)を傷付けやがって…()()をしなければね。ふふ…これまで身分不相応だったのは、あいつらの元に居たときのことだよ…、()()()()()()()()()()()は、()()()じゃないか……」   「……は、…〜〜っ」    初めから、俺のもの…? ――彼は、ケグリ氏たちこそがソンジュさんから僕を盗んだのだ、というのだ――つまり()()()()は、()()()()()()()()()のだと――はっきりいって狂気的な執着を感じる――僕はぞくぞくとした悪寒を背筋に走らせて、固く目を瞑った。  すう…と僕の喉元を撫で下げて、ソンジュさんは穏やかながらも低く、僕に言い聞かせるようにこう言う。   「…正直、性奴隷になんか誰だってなれる…、需要があるかどうかはともかくとしても、あの能無しで頭の(わり)ぃドブカワ共だって、調教さえしてやれば性奴隷にはなれるんだよ…。ねえユンファ…だけれど、俺のユンファ…どうか思い出して…、ユンファにしかできない、貴方の()()()()()()()()があるじゃないか…――?」    そしてソンジュさんは、ぺろんと僕の耳を舐めてきた。  僕はビクつきながら肩を竦めるも――ソンジュさんは僕の耳元で、こう甘ったるく囁いてきた。                 「それは俺の、唯一無二のつがいとなること…。そして俺と愛し合い、結婚をすること…――俺と二人で幸せになることだよ…ね。ユンファさん…――()()()()()()()……」    ソンジュさんの「おかえりなさい」は、興奮による笑みをたっぷりと含んで、上擦っていた。       

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