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                「……、…――できません…」    僕は怖いながらも顔を伏せ、ゆるゆると首を横に振った。脚も閉ざす。――やっぱり、駄目だ。  できない。オナニーなんかできない。――僕はオナニーなんかしたら、もっと()鹿()になる。  そのままナアナアで()()()()にされては困る。…ましてや未知数なところがあるのはそうだが、間違いなく性的な行為である僕の自慰をソンジュさんが見ていたその結果、性的興奮を覚えたその人に僕は――最悪そのまま、犯され…犯されるだけならばまだしも、うなじを噛まれて、ナカに射精されたら、()()()だ。――それこそ()()()だ。   「……、…」    ソンジュさんは黙り込んでいる。  顔が伏せ気味のままの僕は、正直恐ろしくて堪らない。ソンジュさんの顔を見る余裕すらなく、下あごからの震えにガチガチと歯が鳴るほど唇も震えているが、涙目ながらも再度しっかりと顔を横に振った。   「…で、できません、…単にオナニーをしろというのならいくらでもやりますが、…最中のそれを言質のように扱われたら、……っ!」    パシンッ――僕は一瞬目の前が真っ白になった。  僕はにわかに頬を打たれたらしく、無理やり顔が横に逸れてやっと、今更少しばかりヒリヒリとした痛みを片頬に感じている――ただそれでもソンジュさんは咄嗟ながら力加減をしてくれたのか、ケグリ氏たちにビンタをされたときよりも痛くはなく、顔が横に向くほどの衝撃があった、というだけだった――。  僕は何かなかば釣られた形で、手のひらでその頬を押さえる。   「…悪い人…悪い人…折角俺がチャンスをあげたのに……貴方が憎い、――こんなに愛してるのに、こんなにも貴方が憎い、憎い、憎い…憎い憎い憎い憎い、憎い…っ」   「……、…、…」    僕…いよいよ殺されるのかもしれない。  呆然としている僕は、()()()()という音を聞く。  いや、何もモグスさんが助けに来てくださった音なんかじゃない。――ソンジュさんが立ち上がり、シャワーヘッドをガチャリとフックから取った音だということは自明だ。   「…まだわからない…? ユンファはもう、俺だけのものなんだって……!」   「僕は貴方のものじゃない…。というか…どうせ貴方のものにはなれないんだ…――殺したければ殺せよ…。その方法しかない…、どうせその方法でしか、僕は貴方のものにはなれないんだから……」    僕は今、不思議と落ち着いていた。――殺されるのだろうと思うと、そしてそれを甘受しようと覚悟を決めると、もはやもう何も怖くはないのだろう。  キュッ…蛇口をひねり、シャワーヘッドの首を掴んだソンジュさんは――僕の前髪を掴んで顔を上げさせ、――ジャアアア…。   「……んぶッ…! っガふ、…グ、…〜〜ッ!」    シャワーの冷水を、僕の顔にかけてくる。  僕はもちろん溺れ、無防備だったあまりに口にも水が入ったが、何より鼻の穴に入り込んできたその勢いのよい水にさっと、顔を横に背けた。――鼻がツーンと痛い。   「…っは、…っくふ、…ク…ッ――あ゛っ…が…ッ!」    しかし抵抗虚しく、僕はソンジュさんに髪を掴まれ顔を前に、口にシャワーヘッドを間近に当てられる。…ゴボ、ガホボ、と溺れている僕の口か喉か、鼻か、どこかからそれらしい音が鳴る。   「…どうしてわかってくれないんだ…? ――ねえユンファ、貴方は勘違いをしている…。貴方は俺の…もう俺だけのものなのに、なぜあんな男にキスなんか許したの…? その唇にキスをしていいのは、もう俺だけなのに…――なぜその美しい唇で、あの男の(きたね)ぇちんぽなんかしゃぶったの…っ? 首も舐められて、乳首も、体中触られたんだろう…!」   「……〜〜っグ、! あっ…はぁ、はぁ、…は、…」    ドタッと引き倒され、僕は床に手を着いてうなだれた。  いや、いや…――たしかに溺れていたし、苦しかったが、…まだこれくらいならマシだ。  ケグリ氏たちは酷ければ、浴槽に溜めた水に僕の頭を押し込んで溺れさせてきた。――お仕置きと称して、僕は溺れさせられたのだ。…それも場合によっては、犯されながらだ。――変な話だが、僕はある意味で強くなったのかもしれない。   「…もうあんな穢らわしいことしないで、…ねえ、もういい加減わかってよユンファ…――俺辛いんだ…。貴方がこれ以上卑賤(ひせん)の輩に汚されるなんて、俺はもう耐えられない…!」   「…っは、は…っク、ガは、ゲホ、ゴホ…っゴホ、…」    うなだれ、咳き込む。  いくらか下手に水を飲んでしまったらしく、肺が、鼻腔が、喉が痛む。――大きく咳き込むと、異質なピンク色の液体が、僕の口から飛沫(しぶき)となって床へ飛び散る。   「……、…?」    血…?  鼻が痛い。…するともしか、変なふうに鼻の奥へと水が入り、僕は鼻血が出てしまったのか。…そしてその鼻血が水と混ざり合って、このピンク色の液体を吐いてしまったのかもしれない。  はぁはぁと息を切らしているばかりに力なく開け放した口から、たー…と床へ垂れてゆくこの液体が唾液なのかなんなのかは、正直わからないが。  しかしピンク色の正体はおそらく鼻血だとは思うものの、僕は鼻の下を指先で触り、見る。     「…はぁ、…、……」      あ、やっぱり出てる…鼻血。       

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