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                          「グ、…はは…あの、いけません今は、申し訳ないんだが、…」   「……、…、…」    ソンジュさんは僕の肩を、大きくあたたかい手で包み込むようにして持つと、そう…と優しく引き剥がしてきた。  しかし僕は、嫌だ、とまたソンジュさんに抱き着く。   「…捨てないで、ください…、どうかお願いします……」    拒まれた。僕は泣きそうになってきては震えた声で、しかし切実にそう、ソンジュさんの胸に願った。   「……何ですって…? 捨てるなんて、…まさか俺がそんなことをするわけがないでしょう、そ、それこそ捨てられかねないのは俺ですよ……あ、――はは…まさか嫌だとか、ユンファさんを嫌いになったとか、そういうことではないんです。…ただ俺、貴方には、きちんと説明しておかなければならないことがあって…、いや先ほどもしようとはしていたのですが、タイミングを逃してしまったままでしたので……」  焦って早口のソンジュさんはやはり、それでも僕のことをすう…と優しく引き離す。――僕は切なくなりながらも彼の胸板に両手を置き、そしてソンジュさんの顔を見上げた。きちんと説明を聞こうと。   「…はい…」    しかし――ソンジュさんは僕と目が合うなり「グ、…」と喉を鈍く鳴らすと、眉を顰めて。   「……そ、そういう顔をされると、困ります…」    ソンジュさんは、その透き通った綺麗な水色の瞳をぐうっと上へ向けて――僕から目を背けた。  そして彼は上へ顔を向け、目元を片手で覆う。   「ちょっと……過ぎる…今はヤバいですよ、はっきりいって…………」   「……、…、…」    嫌そうな、顔だった。  嫌悪した顔――『気持ち悪ぃんだよ、ブサイクの癖に』    僕の目はじわりと潤み、震えながらもご迷惑だったと二、三歩後ろへ引いてゆく。ぐらぐら揺れる視界の中、ソンジュさんを見ないようにと俯いて。   「……ご、ごめん、なさい…正直、どんな、顔したかわかってませんが、…ごめんなさい…気持ち悪い思いをさせてごめんなさい、本当にごめんなさい…、ブスの癖に……」    同じ顔に、見えた。『ブス』『面見せんな、萎えるわ』『ほんとお前ブサイクだよな』『可愛くねぇなあほんっと、お前』『なんだその目は? 見てくんなブス』『勘違いすんなよユンファ、ブスのお前を、俺たちは仕方なく使ってやってんの。まんこ使ってもらって感謝しろよ』『お前は顔まで出来損ないだなぁユンファ、体も頭も出来損ない、お前は本当に何の取り柄もないな』――僕を犯しながらこう言っていた人たちと、同じ…ソンジュさんが、同じ顔を…「そういう顔をされたら困る」――僕は自分の醜い顔を両手で覆い隠し、更に深く俯く。   『ちょっとブス過ぎる…今はヤバいですよ、はっきりいって気持ち悪い顔をしている……』   「ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさい、ご不快な思いをさせてごめんなさい…不細工の癖に、調子に乗ってしまいました…ごめんなさい……」    自分の不細工な顔が恥ずかしい。  もっと綺麗な顔に生まれたかった、もっと、…もっとソンジュさんに愛してもらえる顔に生まれたかった、何も恐れずに彼の綺麗な目を見つめられる顔に生まれたかった、せめて何も恥ずかしく思わずにいられる顔に――。   「…ごめんなさい、ごめんなさい…ブスでごめんなさい、不細工な顔で見てごめんなさい、調子に乗ってごめんなさい、ごめんなさい……」    僕、今ソンジュさんにどんな顔をして、彼のことを見てしまったんだろう。  足下から冷えてくる。まるで立ったまま冷たい冬の海に沈んでいくようだ。足の先から凍えてゆくように、僕は寒くなってガタガタ震えてしまう。――恥ずかしい…酷い羞恥と恐怖が僕の胸の中に膨らんで、弾けそうになる。するともう僕は「ごめんなさい」しか言えなくなってしまう。   「こんな不細工な顔で見てごめんなさい、もう顔を見せないようにします、頭に袋をかぶせてください、もう貴方のことは見ませんから、どうかお許しください、ごめんなさい本当に、本当に、本当にごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」   「……さん、…ユンファさん! …っ!」   「…っあ……?」    僕の手首を掴んで強く引き寄せたソンジュさん、次の瞬間にはもう、僕は彼の腕の中にいた。――「っこ、これはやむを得ずだ…」そう呟いた彼は僕を包み込むように抱きしめながら、こう慌てたような早口で。   「…いや違うんだユンファさん、い、今、今言ったことをもう一度言いますけど…――ちょっと綺麗過ぎると、今はヤバい、はっきりいって…と。燃えてしまいそうだ、貴方があまりにも綺麗すぎて…――俺はさっき、そう言ったんです……」   「……、…え…?」    そう、だったのか――僕の予想していたセリフとは真逆、それが意外だったばかりに僕は拍子抜けしている。  ソンジュさんは「ボソボソ言ってしまったから聞こえなかったかもしれませんけど…」と付け加え、また慌てたような早口で。   「とにかく勘違いです、俺は今ユンファさんのことを拒んだわけではない、いやむしろ嬉しかったんです、ただ貴方が泣きそうで、でもその顔が本当に儚げであまりにも綺麗だったから、…本当に綺麗だ、貴方は本当に綺麗だ…本当に、…ユンファさんは理性無くなるくらい綺麗だよ! っその、いや…聞いて…――俺はユンファさんのことが本当に大好きだよ。貴方は本当に美しい、心から綺麗だと思ってる…本当だ、貴方は見惚れてしまうくらいの美形だ。貴方の全てを俺は本当に、本当に心から愛してる……」   「……、…、…」    ソンジュさんの溢れ出て止まらないような愛の言葉、彼の大きな体にぎゅうっと抱き締められているこの拘束感、片頬を預けたその人のふかふかした胸板――あたたかい…凍えていた頬も、上体も…いや、全身…胸の中までぽかぽかと、気持ち良い木漏れ日に包み込まれて、氷のように溶けてゆくようだ――不思議とすぐに落ち着いた僕は、またソンジュさんの優しいぬくもりに安心してはそっと目を瞑り、ソンジュさんの背中を抱き寄せた。   「ごめんなさい…また、取り乱して……」   「…いいんだよ…大丈夫。…はは…――ははは…っ、嬉しいよ、こんなに素直に甘えてくれるなんて…もう本当に、本当に大好きだよ、ユンファさん…本当に可愛い……」   「……、…」    本当に嬉しそうにはしゃいで笑ったソンジュさんは、パタパタ尻尾を振って、僕のことをぎゅうぎゅうと強く抱きしめてくる。――でも、それは嫌じゃないどころか、むしろ…僕はソンジュさんの胸元に、すり…と頬擦りをして、更に彼の広い背中を抱き寄せた。――抱き締めてもらえて嬉しい…貴方が嬉しそうで僕も嬉しい…また助けてくれて本当にありがとう…僕も大好きだ、と。       

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