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               ソンジュさんは今は落ち着いているようで、理路整然と、しかしわずかに後ろめたそうな調子で。   「コントロールできるときもあるんです。ただ、できないときも割と多い。…そして俺は自分の衝動性を、他人や物に向けないようにと、それがきっかけでリストカットを覚えてしまいました…――まあそのような感じで、俺はとにかく感情の起伏が人よりも激しく、かつ頭に血が上ると何をするかわからない…、そういった()()を抱えているような人です…」    そう、どこか諦観したように沈んだ声で説明をしてくださるソンジュさんは、更に続けてゆく。――僕はソンジュさんの胸元をぼんやりと眺めながら、真剣な心持ちで彼の話を聞いている。   「そもそも俺は、人よりもストレス耐性が低いそうで…というのも、人よりもさまざまな外的刺激に敏感な体質を持っている…――例えばこの目は些細な変化をすぐに見つけてしまいますし、些細な音で人が今何処で何をしているのか、何を話しているのかさえも聞き取れてしまう…といった感じで、感触や匂いなんかもそうですけれど、俺はとにかく五感が、人よりも敏感なんです。」   「……、…」    僕はそこでふっと顔を上げた。…そうして見上げた先のソンジュさんは――(はな)から僕のことを見てはいなかったらしく、どこか上のほうの虚空を神妙な顔付きで見ている。…正直、呑気にも少し寂しくなってしまった。   「…確かにアルファ属は他属性よりも耳や鼻が良いのですが、アルファ属が全員俺のようなわけではなく、(こと)に俺が特異体質なんです。…すると人よりも俺は、些細なことでもストレスを受けやすい。人混みが苦手であったり、スーパーのお惣菜コーナーなんかも匂いで気持ち悪くなってしまうので、なかなか厳しいものがあります」   「それは…大変ですね」    ソンジュさんはよくよく「俺の目は見え過ぎる」という。…しかしのみならず、彼の耳は聞こえ過ぎるし、鼻は効き過ぎる、些細な変化にもストレスを感じてしまうというのは、日常生活を送る上でも本当に大変だろうと推察できる。――ソンジュさんは僕が「大変ですね」と静かに言うと、くら、と水色の瞳を揺らしはしたが、「そうですね、人よりは少し」と冷静に答えるだけで、やはり僕のことを見てはくれない。相変わらず上のほうの虚空を眺めている。   「それに…その、はっきりいって――俺には人の下心や嘘、その人の本心というものまで粗方見えてしまう…見たくなくとも、目を塞ぎたくとも、見てみぬふりをしたくとも…見えてしまえば、見えているものを、見なかったことにはできません…。まして、些細な声の調子でもそれがわかってしまうものですから…結果、俺は人間不信にもなりがちです。…ただ人間不信に関しては、友人たちやモグスさんたちのおかげで、今はそう酷くありませんが」   「…………」    ソンジュさんの生きづらさを知ると、僕はやっぱりどうしても、彼の側にいたいという思いが強まってしまう。  僕なんかに何ができるのか。寄り添うにしたって上手くできる自信もない。どう接してあげればよいのかもわかっていない。――だが、それでも僕にできることがあるならば、なんだってして差し上げたいという気持ちになる。  それはまっすぐな奉仕精神というよりか、ただソンジュさんに好かれたいという、下心が故かもしれないのだが。 「…心配やストレス、フラッシュバック…思わぬところでそれらが引き金となり、俺は突然取り乱してしまう…。本当に、人からすれば些細なことを心配したり、ひょんなことでも不安を覚えてしまうものですから…、何がきっかけとなるかも、わからない……そうして、もともと情緒不安定になりやすい精神的な疾病がある上――皮肉なことに俺は、()()()()()()()()という…アルファ特有のホルモンの分泌が、人より多い体質でもあります」   「…………」    アルファホルモン。  正直、なんとなく聞いたことがあったような気もするのだが、僕が大学院で学んでいたことは“差別のこと”である。――そして、普遍的に差別対象となりがちだとされるのは、オメガ属、女性及び男性といった性差別や、LGBTQといったセクシャルマイノリティ、人種差別、地域的な差別(部落差別など)といったように、はっきりいってアルファ属は、そのカテゴリの中にはなかった。  ましてや周囲の人間関係にアルファ属当人がこれまでいなかったので、実は僕、アルファ属のことはあまりよく知らないのだ。――ただ、おそらくは触り程度にアルファ属のことも学んではいたため、そのときにそのアルファホルモン、という単語を聞き及んだものと思われる。    僕はうんうん、と首を揺らし、またソンジュさんの胸元をぼんやりと眺めながら、彼の説明を静かに聞く。   「…するとそのアルファホルモンは、テストステロンという男性ホルモンを材料にして作られるものですから、アルファホルモンに変換されるとき、相対的にテストステロンの値は減ってしまいます。――テストステロンには、まあ、簡単にいえばポジティブ思考を助ける効果もありますので、それが減ってしまうと結果、情緒不安定にもなりやすい、ということになるんですよ」    ソンジュさんは付け加え「つまり“狼化前症候群”というものは、そのテストステロンとアルファホルモンのせいで起こるんです」という。――すると推測するに、そのアルファホルモンというものは、“狼化”に密接に関係しているホルモンなのだろう。…おそらくは“狼化”するために必要なホルモンなのか、“狼化”を指示するホルモンなのかもしれない。  そしてソンジュさんはやはり、上のほうの虚空を眺めながらも、その長くなった顎の下を指の背でする、すると自ら撫でつつ。   「更にいってそのアルファホルモンというのは、狼的な本能を掻き立てるもの…とでもいいますか。――それが多いと、いわゆる人間的な理性よりも、獣としての本能が優ってしまう状態に陥ります。…そのために多くの国では、“狼化”したアルファの外出が禁じられている、というわけです」   「…なるほど……」    本能的になってしまう、ということまでは知っていたが、更に詳しい話を聞けた僕は、外側こそ冷静沈着なようでも、割に内面的には興奮して頭が冴えてきている。…いや、まるで勉強をさせてもらっているようで、新たな知識を得られるというのが悪いが、ちょっと楽しいのだ。  そこで苦笑しながら僕を見下ろしたソンジュさんは、優しい目をして僕の顔を見てくる。     「…はは…つまり、もともといつ爆発するかもわからない、爆弾的な衝動性を持っている上に情緒不安定な俺が…更に“狼化”していると、より酷い…酷いというか、俺の精神状態は悪化しやすい…――簡単にいえば、今はよりその()()が起こりやすい、ということです……」           

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