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唐揚げや冷や奴、ホッケの干物など、酒を飲むためのメニューが並んだダイニングテーブルを挟み、僕と母さんは酒を飲んでいた。
ちなみに、僕はこのときまだ甘く、アルコール度数の低い酒しか飲めなかったので、『とろよい』という、度数3%程度の軽く、甘い缶酎ハイを飲んでいたように記憶している。――ただ、僕はもともと酒に強い体質らしく(とはいえ、度数が高い酒は味的に飲めなかった)、酔うことに慣れていないこの時点でも、僕はそうほとんど酔っていなかった…のだが。
同じものを飲んでいた母さんのほうはというと、既に三本くらい開けていたんじゃないかとは思うが、もう若干、呂律にしろ危うい感じであった。
「ユウジロウさんってね…ものっすごい天 然 なのよ」
そうなかば愚痴るように話し始めた母さんの「なのよ」はもう既にやや危うく、「なろよ」にも聞こえなくはない呂律であった。…まあ要するに、このときの母さんはほろ酔い状態で、な行に若干のら行が入っているような発音になっていたのだ。
ちなみにうちの母さんは、酔うとまあまあの頻度で父さんのことを、「パパ」ではなく「ユウジロウさん(父さんの名前)」と呼ぶ人だ(ちなみに父さんのほうは、ほとんど普段から母さんの名前の「ジスさん」呼びである)。
母さんは『とろよい』の缶を片手に、上の方を五本指で摘むようにして持ち(酔っ払いオヤジスタイルである)、赤らんだ半笑いでこう話を始めた。
「実はわたしの一目惚れだったんだけどさぁーあ…、でもパパ、若いときはほんっと格好良かったんだよ? わたしたちおんなじ大学だったんだけど、ユウジロウファンクラブができてたくらいなんだから…――文武両道です〜ごく優しくって、ニコニコ明るくて、でも全然ナンパなタイプでもなきゃ、自分がイケメンなことを鼻にかけてるタイプでもなかったわけ…。勉強一筋、女の子にアタックされても上手く躱 して、爽やかで愛嬌があってね、でもすごい真面目で…あんたのパパモッテモテだったんだよ、モッ、テ、モテ。」
そうして曰 く父さんは、大学時代かなりモテモテだったらしい。…のだが、そもそも父さんは五十代になった時点でも、また男の僕から見ても格好良い、としかいえないような容姿の人だ。
背は180センチほど(僕よりも若干高い)、いまだにスラリと痩せ型で清潔感もあり、優しげな雰囲気の顔なのだが彫りは深く、どこぞの俳優のような顔立ちなのだ。
その精悍な容姿に付け加え、性格にしてもとても優しくて涙もろいし、そりゃあ息子である僕はもちろん叱られたことこそ何度もあるが、そのときも決して怒鳴ったりはしないような人であった(というか月下の両親はどちらも、よっぽど僕の身の危険があるとき以外はそもそも、子供に対して怒鳴るような躾の仕方はしなかった)。
なんというか、ジェントルマン…というような感じの人でもあるし、そもそもお祖父ちゃんから引き継いだ会社を経営していたくらいなので、どことなくイ イ と こ の お 坊 ち ゃ ん 、というようなのんびり、ふんわりとした雰囲気のある人だ。――それこそモテモテというのだって、五十代となってもいまだにバレンタインデーなんかじゃ、妻子持ちだと明らかにしていても(結婚指輪をしていても)、顔が見えないくらい贈り物を抱えて持って帰ってくるような人なのだ。
そうして、容姿も良ければ性格も良い…ともなれば、それこそ若い頃にモテモテだったという話を聞いても(というかいまだにモテモテだし)、息子である僕でさえ「そうだろうな」と思うような人が、僕の父さんなのである。
「いちいちやきもちなんか妬いてたらバカバカしくなるくらいよ、ほんっと…」
そこで何か不満げに母さんは、切れ長奥二重のまぶたを伏せ。
「…それで、まあわたしも若かったじゃない? もう絶対この人と付き合うんだ〜って、ガツガツ猛アタックしたわけね。彼女はいないって噂だったけど、同じ大学でも学科は違ったから接点も少なかったし、もう当たって砕けろよ。…でも、わたしだって若いときは我ながら美人だったんだから。もう大学の中じゃ一、二を争うってくらいモッテモテぇ…!」
なぜかちょっと怒ったようにそう、キッと僕を見た母さんは、「ミスコンだってとったことあったんだから。ほんとよ?」とぼやく。…だが、僕はそれに関しても別に疑ってなんかいない。
母さんは奥二重に綺麗な紅茶色の瞳を持った人で、クールビューティー的なようでありながら可愛らしい要素もある、我が母ながら彼女、結構美人なのである。
それこそこのときはストレートのボブカット、栗色の髪をしていたものの――大学時代は黒髪サラサラロングヘアだったようだ。
というのも…そもそも母さん、僕にミスコン優勝の記念写真(金色のトロフィーを持ってにっこり微笑む、ミスコンの『グランプリ』と書かれたたすきを肩からかけた黒髪ストレートヘアの母)を見せてきたくせに、「ほんとよ?」と、僕がその件を疑うんじゃないかと思うほうがそもそもおかしい。
とにかく母さんにしても、そりゃあモテただろうな、という感じの人なのである。
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