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それで――とにかく父さんも母さんも、大学時代には美男美女としてモテモテだったらしい、と聞いた僕は、「そうだろうね」と軽く答えてから、箸でつまんだ唐揚げにかじりつき、それを一口頬張った。
ちなみにその唐揚げをはじめ、この日テーブルに並んでいた料理もまた、どれもこれも母さんの手作りであった。
というのも…専業主婦に徹していた母さんは、家事炊事は「いかに楽をしながら完璧にやるか」ということに燃えている人である。――そして、たまに父さんのほうが母さんを気遣って外食に連れて行ったり、あるいは出前を取ることもあったのだが、すると母さんは何か一瞬だけ、少し負けたような悔しそうな顔をするのだ(ただ本当に一瞬だけで、そのあとは普通に食事を楽しむ)。
つまり家事炊事をゲーム感覚で、ポジティブに楽しんでやっていた母さんは、すると自分で課したゲームに負けたような気分になっていたのだろう。
ちなみに、専業主婦の母さんはもともと高校教員だったそうだが、僕を養子にしてからは子育てに専念したいということで、退職したらしい(ただ、僕が大学院を卒業したら育児も一区切りとして、復職したいともいっていた)。
そんなわけもあり、手作りのあたたかい唐揚げをもぐもぐと咀嚼している僕を、母さんはとろんと酔った目で見てから、何かうんざりとしたように伏し目がちに――二人の大学時代の話を、こう続けてゆく。
「…ママ、悪いけど正直自分でも美人だと思ってたし…自信あったからね、あのときはさ、若かったから…だから猛アピールしたわけ。でもユウジロウさんったら、いつも曖昧にしちゃう人で。ほんっとになんていうの? 女の子の扱いが上手いというか、女の子扱いで傷付けないように優しく断ってくるみたいな…でも、女の子扱いされたら余計好きになっちゃうみたいなさあ、悪循環? だからほんっとに、その辺の男みたいな勝手さのない、優し〜い男の人なんだなぁって、わたしは思ってたわけよ……」
はぁ……と重たいため息を吐いた母、そのあとすぐに苦笑いを浮かべて、伏し目がちなままに。
「でも全然駄目でさ。さすがにのらりくらりされまくってたらさぁ、わたしだってもう諦めよっかなって思ってたんだよ…――でもそんなとき、チャンスがきて。…たまたまなんだけど、レポート書こうと思ってカフェに行ったら…ユウジロウさんとばったり出会ったの。」
僕はふむふむと頷きながら、齧りかけの唐揚げをすべて口の中に押し込み、この話を聞いていた。
「そしたらね、ユウジロウさんがミルクティー奢ってくれて…しかも彼のほうから、“ちょっとこのあとブラブラしない? 友達との待ち合わせまで時間あるから、よかったら付き合って”って――そう、あたしデートに誘われたわけ! 行くでしょ、ねえ行くでしょ? 行くよなそりゃあ、好きな人にそういわれたら行くじゃない!?」
と、いきなり大声を出した母さんにキッと見られ、僕はその勢いに負けて(正直自分が同じ状況でそうするかどうか判然とはしていないながら)うんうんと、行くよね行くよね、と釣られたように頷いた。
すると「でしょお?」と満足げながらも眉を顰めた母さんは、人差し指で僕を指してきたあと、テーブルに両腕をつき、また伏し目がちにムッとする。
「…それでさ…そのあと、雑貨屋さんに行ったのね、ユウジロウさんと。それほとんどデートじゃない、もう? ね。だからわたし、もお〜〜浮かれちゃったの。で言っちゃったのよ。それまではちゃんと告白できてなかったんだけどさーぁ…そりゃわたしだってね、男の人のほうから告白してほしいって女心あるしね? 自信もあったし? 女としてね。あ、ママのそういうのはキモいか君?」
「……いや…別に…」
それでいうならこの話題をし始めたのはもはや今更では、と思いつつ、僕は話し続けていいよというつもりで母さんの目を見ながら、また甘い缶酎ハイを一口。
すると母さんは機嫌良さそうに「でね、でね」と繰り返して、しかし。…途端に険しい顔をするのだ。
「でも、だからそう…雑貨屋さんで、何気なくね…――好きって、…言っちゃったの!」
そこでぎゅっと柳眉を顰めた母さんは、皺の刻まれた眉間を細い指先で押さえ、そこを縦方向に揉む。
「…あー自分から告白したのなんてそれが初めてだったんだよあたし、今までは向こうからされてたんだからぁ…で、そう…ユウジロウさん、好きって、そうそう…そうやって、わたしが思い切って告白したとき…――ユウジロウさん、どうなったと思う…ユンファ?」
僕は首を傾げ、「どうなったの?」と聞こうとしたが、僕がそういうまでもなく――間髪入れずに母さんは、険しく目を見開いて僕を見ると。
「それがさぁ! バカみたいにぽっっ…かぁぁぁんとしてたの。…それで、“好き? あ、そうなんだ、うん。わかった”って、また爽やかスマイル浮かべてさぁぁ…――また曖昧でしょ? ねえ、でもそうなんだわかったって…微妙だなぁ〜って、ほんと微妙だなぁ〜〜って…思ってさぁぁ……」
ぐらぁりとおもむろに揺らいだ母さんの頭に、彼女、結構酔いが回ってきてるな、なんて冷めて思っていた僕だ。…僕に酒の飲み方を教えるといって、世話なくも母さんが、もう酔っ払っていたわけである。
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