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父さん的には、そもそも母さんの「好き」というの自体告白とも思っていなかったようである。…売り物のイヤリングを見つめながら「ユウジロウさん、好き」と言われたものの、「ユウジロウさん、(私このイヤリングが)好き」と勘違いするあたり、かなり父さんらしい。
――まあ、このあとに聞いた話と合わせて考えると、あるいはその「好き」が告白だと気が付いていたとしても、二人は恋人関係になったとは思うのだが――恐らく父さんは、誠実なステップ(度重なるデート)を踏んだ上で、彼なりに精一杯ロマンチックな形で(母さんが欲しがっていたイヤリングと共に)、懸命に誠実な告白をしたつもりだったのだろう。
家族ともなれば容易にその辺りの想像がつくあまり、僕は余計に可笑 しくてたまらなかった。
そうして母さんと僕はひとしきりゲラゲラ笑ったあと、母さんは笑いすぎて涙が浮かんだ目を「あ〜おかしい、…」と指で拭いながら。
「いや、それでまあママたち付き合ったのよ。そりゃ付き合ったわよ? はは、ええ ええ、付き合いましたよ、それでっ。――じゃなきゃこうやって結婚なんかしてないからね、ふふふっ」
本当に可笑しそうに笑った母さんは、そこで苦笑いを浮かべ――僕のことを、どことなく心配げな目で見てくる。
「…もうユンファもわかってると思うけど、わたしの猛アプローチなんか、全然気が付いてなかったんだからあの人。…たまたまカフェで会ったときも、仲 良 く し て く れ る 友 達 としてわたしと雑貨屋さんに行ったんだって。――でも二人で雑貨屋さんに行って、二人で雑貨見て話してたら、なんとな〜く“彼女がいたらこうなのかな? いいかも”って思ったんだってよアイツは。…なんならそのときに、“あ、きっとこの人が僕の奥さんになるんだ”って思ったらしいんだけど……え、遅くないっ?」
母さんは愚痴風の惚気で「わたしの猛アタックなんだと思ってたのあの人、信じらんないでしょ!?」と怒ったふりをしてから、あはは、と愛しげな目線を横に向け――しかしそれは一瞬、また僕へは可笑しそうな笑みを向けてきた。
「パパ、ほんと天然でしょ? 付き合ってから知ったんだけどユウジロウさん、ファンクラブの存在も知らなかったし、なんなら女の子たちにアタックされてたこと自体、全然気が付いてなかったの。…しかも、女の子のアプローチは彼女要らないからって断ってたんじゃなくて、ただ都合が付かないことはそれとな〜く断ってたってだけで、誰のことも意図して女の子扱いなんかしてなかったのよ。…“みんな僕と仲良くしたいんだなぁ、僕って幸せ者だなぁ”としか考えてなかったのよ、あの人は。」
僕はこのとき「父さんならそうだろうな」なんてクスクス肩を揺らして笑っていたのだが。――すると間髪入れずに母さんは「あんた他人事じゃないわよ!」と、僕を睨むふりをしてきた。
「天 然 人 タ ラ シ なのよ、あんたのパパは。でもあ ん た も そ う だ って話がしたかったんだよあたしは。…なんで親子揃って人の好意に鈍いわけ? 気を付けなさいあんたユンファ、正直あなた、若いときのユウジロウさんそっくりだから。――警戒心もないし。もーちょっと人の好意とか恋心とかに目を向けないと。ねえユンファ君さ、そのまんまじゃいつか痛い目見るからな?」
こう聞いたとき――僕は正直、母さんが冗談をいっているのだと思っていた。…僕はさすがに父さんほど鈍くもないし、まさか僕は天然でも、あるいは天然人タラシでもなんでもない。
実際にこのときも僕は母さんに、そのうち恋人も自然とできるんじゃないか、まあ今は特に要らないけど、なんて答えたような記憶があるのだ。
しかし…そうした謎の自信は、今になって思うといささか、思い上がりであったのかもしれないとは思う――。
「…………」
いや駄目だ…月下の両親の、(僕が覚えている)唯一のそれらしい記憶を思い出してみたはいいものの、これは参考にならない。
ただ、これによってある意味では、今の僕に有 益 な 気 付 き は得たかもしれない。
それは何かというと――自 分 の 親 が も う ま ず 天 然 だ っ た ようである、ということだ。
なんというか…血の繋がりこそないものの、僕は脈々と両親のド 天 然 を受け継いでしまっているらしい。…まあしかし確かに、養子とはいえどもしばしば僕たち親子は、意外にも血 の 繋 が っ た 親 子 、というように見られがちであった。…もしか、やはり家族として共に暮らすと、血の繋がりの有無は関係なしにも顔付きやら言動やらが、親子として似てくるものなのだろうか。
ただ…それこそ、その話を聞いたときこそ僕は「うわぁそんなことあるか? さ す が 父 さ ん だなぁ」なんて、なかば馬鹿にして笑っていたが――僕から見ても父さんは抜けたところのある、のほほんとした人なので…今思えば父さんもまた、天 然 といえる人だった――よくよく今になってみると、悲しいことに僕と父さんは、ほ と ん ど 同 じ ようなものである…。
あのときの母さんの忠 告 が、僕は今になってしみているのだ。
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