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                   いや、まあ僕とユメミが似ているだとかそれはいい、どうでも。…そうして母さんに「いいから、四の五の言わずにとりあえず読んでみなさいよ」となかば無理やり、その『夢見の恋人』二冊(『夢見の恋人』は全二巻)を押し付けられた僕だったが。    その瞬間こそ母さんへ「いいよ、マジでこういうの興味ないから」とあたかも嫌々な態度をとっていたくせに――正直僕は母さんから聞いた()()のせいで、本当は無性に、どうしようもなく、頭が『夢見の恋人』でいっぱいになるほど、そわそわ、モヤモヤしてしまうほど、僕はその物語が異常に気になり始めていた。    人は往々にして、自分との共通点がある人物が物語に出てくるとなると途端に――たとえそこまでの興味関心がゼロであったとしても――、すっかり興味が湧いてきてしまうものではないだろうか。…まして、知らず知らずのうちに誰かに惚れられ、しかも作品のモデルにまでされたんじゃないかという疑惑があれば、尚の事である。――そしてきっとそれは、誰しもがそうなんじゃないかと思うのだが、どうだろうか。    そうして、母さんに『夢見の恋人』を押し付けられたまま結局二階の、自分の部屋へとすごすご帰った僕は、なんだよ、なんてドサッ、自分の学習机へ乱雑に『夢見の恋人』を置いた…――のだが、重ねて置いたその二冊の文庫本は、なにかやけに()()()()()を放っていた。    ふっとそこにある『夢見の恋人』を見てしまう、意識してしまうのだ。――『夢見の恋人』の表紙に描かれていたのは、白い背景の中で二人の人物が向かい合って手を取り合い、顔を寄せ合って二人がキスをしている影を、水彩絵の具の淡い色合いで水色や桃色、グレー、黄色といった淡い色を丁寧に混ぜて染め、かたどっているものだった。    そんな、ロマンチックでありながらもどこか儚く切ない表紙は、今になって思うと物語の世界観にぴったりなものだ。――しかし当時の僕は、なんだよ、()じゃ本当に自分とそっくりなオメガの男が出てくるかどうかもわからないじゃないか、キャラクターの顔を絵で教えないなんて、なんて不親切なんだろう、と不満げであった(さんざっぱらロマンスものを馬鹿にしていたくせに、漫画は大好きなのだ)。    しかし…()()()()()かもしれない。  登場人物の容姿が判然としないからこそ、僕の『夢見の恋人』への興味は時間が経つごとに、どんどんと膨れ上がっていった。    それはたとえば、机に向かって論文を書いているときも、ベッドに寝っ転がって携帯ゲームをしているときも、友達とスマホでメッセージのやりとりをしているときも、パソコンを開いてまたゲームをしているときも。  もはやシャワーを浴びているとき、夕飯(結局分厚いロースのとんかつ)を食べているとき、食後のデザート(結局高級店の濃厚なチョコケーキ)を食べているとき、両親とテレビを見ているときも。    ついでに母さんが「だからなんで高いの買ってくんのよ!?」と父さんに怒り、父さんがしゅんと「ごめんよ、でも、だってこういうときくらい、二人には良いものを食べてほしかったから…!」と返し、それに母さんが「も、もう…! いいのに!」と結局満更でもなさそうに――そういう両親の()()()()()()()()()()()を、二階の自分の部屋、勉強机に向かい合って頬杖をつき、ぼーーっと聞いているときも。        どんな状況となっても僕は、無視できない存在感を放っているその『夢見の恋人』が、気になって気になって仕方がなくなっていた。        それで…結局自分の好奇心が抑えきれなくなり、我慢ができなくなった僕は、家族が寝静まったあと。  自分の部屋の電気を消し、ベッドサイドのランプだけを灯して――あんな態度を取った手前、『夢見の恋人』を読んでいる姿を両親(特に母さん)には見られたくなかったのだ――、ベッドの上でうつ伏せとなり…いよいよ静かに、その本の表紙を開いたのだった――。         

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