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                   恋い慕う相手のカナエに「好きだ」と告白されたユメミは、本当はとても嬉しかった。…完全に思いかげないことだったかというと、抱き合っていたためにそうでもなかったが、やはり驚いたユメミは――その驚きに釣られて喉元まで、「僕も君が好き」という言葉がせり上がってきていた。  しかしユメミはすんでで思いとどまった。離れ、カナエの真剣な赤ら顔を見ながらおどけて、「え?」と笑った。   「カナエくん、じゃあ僕とキスしたいってこと? 僕と、エッチできるってことなの? カナエくん、そんな…、そんな…」    ユメミはカナエを拒むつもりだった。「僕のこと、そんなふうに見てたの? 君は男なのに、気持ち悪い」――ユメミはそう言うつもりだった。だが、ユメミにはそれが言えなかった。  好きだったからだ。大好きなカナエを、傷付けたくはなかったからだ。   「できるよ。したい」    そう真剣な顔をして言ったカナエは、それを証明するとでもいうように、さっとユメミの唇を奪った。  驚いたユメミは目を瞠ったが、二人の合わさった唇はお互いに震えていた。――結局ユメミは拒むことができずにそっと目を瞑り、カナエは、ユメミの唇の甘さにもっと唇を押し付けた。    ユメミの唇は柔らかかった。しかし、カナエの唇は強張って硬かった。…すぐそこに顔があることはもちろん、お互いの気を使った鼻息にまで、二人はドキドキしていた。  恋をしあった二人のこの初々しいキスは、しかし二人とも各々に、少しだけ思うものが違っていた。  夢を見ているような気分のユメミ――夢を叶えたような気分の、カナエ。  …ややあってゆっくりと離れた二人は、どちらも顔を真っ赤にしていた。…赤面した涙目のユメミに、カナエは真剣な顔をしてこう言った。小さく震えた声だった。   「俺はお前と結婚したい。エッチも、キスも、ユメミとならいくらでもしたい。だから改めていうよ。――俺と付き合ってください、ユメミさん。…そして俺の恋人として、俺とこのダンスを踊ってください。」    カナエは真剣だった。――カナエの今にも泣き出しそうに潤んだ目に、嘘は一欠片もなかった。…その淡い青目を見つめてしまったユメミは言葉を失っていたが、断らなければならないとは思っていた。   「僕、ダンスは踊れないんだ」    だからユメミはこう言った。告白への断りは口にできなかった。…しかしカナエに片手を取られ、その手の甲にキスを落とされると、ユメミはそれ以上何も言わなかった。    二人はそのまま自然と、ノイズ混じりの不細工な音楽に合わせて、ゆったりとワルツを踊りだした。   「ところで、どっちがどっちやる?」   「もう踊り始めて、既に決まってるじゃないか。全くカナエくん、君はいつもそうだ」    二人はお互いに涙目で見つめ合い、笑いあった。  ユメミはぎこちなくステップを踏みながら、なんでもないふりをしている。しかしユメミはその実、腰に添えられたカナエの手にドキドキしていたし、自分がカナエのブレザーをまとう背にそっと添えた手にもドキドキしていた。  カナエはユメミをリードするようにステップ踏みながら、なんでもないふりをしている。しかしカナエはその実、自分の背に添えられたユメミの手にドキドキしていたし、自分でブレザーの上から添えた彼の腰にもドキドキしていた。    何より二人は、瞳の虹彩の皺までよく見える距離にお互いの顔があるのに、今にも死にそうなほどドキドキしていた。だから二人とも、顔をしっとりとうす赤くしていた。  ただ何か二人は同じような、誤魔化しの微妙な笑みを浮かべていた。   「…カナエくん、実は僕、本当にダンスは踊れないんだ」   「今更いうなよ」   「うん、確かに」   「俺に合わせればいいじゃん。てか上手いよ、踊れてる」   「確かに、君のお陰」    ステップを踏みながら、二人は目を合わせるたび、くしゃりと可笑しくなって笑った。そして見つめ合い、すると照れてしまってどちらかが下を見る。――しかしまたどちらかが「カナエくん」あるいは「ユメミ」と呼びかける。するとそれが発端になって、二人はまた目を合わせる。      そのようにしてカナエとユメミは、一曲が終わるまでぎこちなくも可愛らしいワルツを踊った。         

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