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ダンスが終わって立ち止まると、ユメミは少しだけ息を切らしつつ、ようやっと小さな声でこう言った。
「……はは、僕…ごめん、やっぱりごめんね、僕…――カナエくんとはできない。…え、エッチも…結婚も、キスはしてしまったけれど、さっきのが最初で、最後だ…」
「…そ、それは…何? 俺のこと、やっぱりそういう目では見れないってこと…?」
今まで恋人のようにワルツを踊っていたユメミに突然そう拒まれ、カナエはやっぱりユメミに嫌われてしまったのかと早くも、先ほどの強引なキスを後悔した。――しかしユメミは、どんどん目を潤ませながらも、笑ってカナエを見ながら、こう続ける。
「ううん、そうじゃないんだ。…カナエくんのこと、僕も好きだよ。大好きだけど…――僕、卒業したら結婚するんだ…」
もう嘘はつけなかった。――嘘をつかないカナエの前で、ユメミもまた嘘はつけなかった。…ユメミは綺麗な涙をその切れ長の目からこぼしつつも、にこっと笑って、その儚い微笑みを少し傾けた。
「…あのねカナエくん…僕、今まで親友の君にも言えなかったんだけど――高校を卒業したら、叔父さんたちの役に立つために、僕、結婚、しなきゃいけないんだ…。それでその人、僕に経験がないからこそ、叔父さんたちに高いお金を払ってくれるらしい……」
「……は…?」
カナエは怒ったように眉を顰め、低く反問した。
しかしユメミは、目線と共にうつむいた。――泣きながら笑っているユメミの目から、ぽろぽろ、と涙が下へ落ち、夕暮れの光にキラ、キラ、と眩しく輝いた。
「あ、あまりよく知らないおじさんなんだ、相手の人…。でも、僕が子供を生んだら、その子供の人数分、叔父さんたちに払うお金を割り増ししてくれるって…――本当はもうその人に、キスも、エッチも…その人以外としたら駄目だって、言われてたんだ…。僕の初めては、全部もう、結婚するその人のものだからって……」
「……な、なんだよそれ」
「でも僕、叔父たちにこれでもお世話になったし、役立たずでも、タダで育ててもらったようなものだしさ。…だから、だからもう、卒業したら君とはもう……もう会えない。ごめんね、カナエくん……」
泣いているユメミは眉を寄せていた。
しかしにこっと、困り笑顔を浮かべてカナエを見るユメミは、嗚咽を堪えながらの狭まった喉で、こう言った。
「…今の、キスも…無かったことにして。…二人だけの、秘密。ふふ……」
「…………」
カナエは怒った顔をしていたが、黙ってユメミの言葉を聞いていた。――知りたかったからだ。先ほどまでカナエは、“なぜ”と思っていたからだ。
「嬉しかったよ、ありがとうカナエくん。…まさか君から好きだって言ってもらえるなんて、キスしてもらえるだなんて思わなかった。ダンスも凄く、ロマンチックだったよね。――素敵な夢を見せてくれて、ありがとう。…でも…もう僕、いい加減夢から目を覚まさないとね」
そう涙目で微笑んだユメミは、カナエの手を取って励ますように握った。
「大丈夫だよ、カナエくん。凄く素敵なカナエくんなら、僕なんかよりもっと素敵な人に出会えるよ。…カナエくんと僕じゃ釣り合わないし、ましてや男同士じゃもっと誰も許してくれないだろ。…だけど、僕もカナエくんのこと、本当に大好きだったよ。僕に素敵な夢を見せてくれて、本当にありがとう」
勝手に夢の終わりを決められたような、そんな気分になったカナエは、こみ上げてくる激しい混乱と悲しみが怒りに変換され、こう怒鳴った。
「お前のどこが役立たずなんだよ、ユメミ! お前は凄く賢いじゃないか、オメガだからって役立たずなのか? お前は俺に、アルファもオメガも関係ないって教えてくれたじゃないか! じゃあなんだよ、そのおっさんの子供、産むの。キモいおっさんの子なんて産めるのかよお前、ユメミは好きでもないおっさんの子供なんか産みたいの」
そうユメミに聞いたカナエは、ユメミに言ってほしかったのだ。――嫌だと、僕はそんな人と本当は結婚したくなんかないんだ、と。
しかしユメミは、眉尻を下げながらも精一杯笑みを浮かべて、うん、と頷いた。
「産めるよ。だって、排卵期にエッチしたら、子供はできるから。簡単だよ、排卵期にエッチすればいいんだから」
「そんなキモいおっさんと、するっていうのか」
「うん…。そ、そう…」
ぐっと泣きそうになったユメミは、無理やりにっこりと笑ってみせた。
「僕はその人とエッチする。その人の子供を産むしかないんだからさ。だから…ごめんね、カナエくん……」
カナエの脳裏には、おぞましい光景がよぎった。
カナエは、嫉妬と怒りでどうにかなりそうだった。
そんなカナエを見ていたユメミは、また綺麗な涙を、その美しい薄紫色の目からこぼした。
「…でも、僕のファーストキスは、カナエくんでよかった。ありがとう、キスをしてくれて……だけどあのキスは本当に、僕と君…二人だけの秘密だ。」
その言葉を聞いた瞬間、カナエは衝動的にユメミの手を取った。…そしてその手を強引に引き、走り出した。
「…あっカナエくん、どこに行くの?」そう焦って、背後で聞いてくるユメミに、カナエは「一緒に逃げよう、とにかく二人で逃げるんだ、二人でどこかに逃げるんだよ!」と叫んだ。
カナエは逃げるしかないと思った。
実はカナエも、高校を出たら結婚するべきとされている婚約者がいた。親にはユメミに恋をしたことなど言っているはずもなく、とにかくカナエは二人で逃げるしかないと思った。
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