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            「…………」    僕はソンジュさんに運ばれて、あの赤茶色のレンガの暖炉――その前の、毛足の長い黒いマットレスの上に座っている。…そして、そこまで僕を運んだ彼はというと、僕にココアの入ったマグカップ――先ほど床に置き忘れたもの――を手渡してから、「ちょっと待っててね」とどこかへ行ってしまった。   「……、……」    目の前にある――レンガ造りの、赤茶色の暖炉。  近くで見ると、どうやら本当に使っていたらしいとわかった。…というのも、暖炉の中の灰などは綺麗になくなっているのだが、内側のレンガが(すす)で黒ずんでいるのだ。  どうやら飾りなどではなく、本当に使える暖炉らしい。  正直僕は、暖炉というものの本物は、生まれて初めて見た。――もちろん実家にはなく、まさかあの狭いノダガワ家に暖炉などあるはずもなく、友人たちの家にもなかった。…なんとなく…憧れていたものを初めて見た、というような、ワクワクとした高揚感を覚えている。   「――ユンファさん、寒くはありませんか。ショールを取ってきました」   「……、ぁ…」    ぼーっと暖炉を見ていた――というか、羨望の眼差しをそれに向けていた――僕の後ろから、ふわ…とソンジュさんは僕の肩に、軽くて薄いショールをかけてくれた。  それは緑地に濃紺、鮮やかな黄色といった色のタータンチェックのショールで、縁にぴらぴらとした短い紐? のようなものがついている。  僕は、背後に立つソンジュさんが「暑ければ脱いで構いませんから」と断るのを聞き、顔を真上に向けて見上げる。   「…ありがとうございます」    いや、今は別に寒いということはなかった。  しかし、僕は近頃冷え性気味である。――ロクに栄養を取れていないからか、近頃は運動らしい運動をしていないせいか(セックスはともかく)、あるいはストレスか何かのせいか…その原因こそ僕にわからないのだが、特に最近は手足の指先が冷えて凍えそうになることも多い。  だからこそ、ソンジュさんのその気遣いがとてもシンプルに有り難かった。   「はは、…いいえ。……」    すると目を細めて笑ったソンジュさんは、僕の頭をポンポンとしてから、僕の隣へ座った。――その笑顔にそわり、としたものを覚えた僕は、両手で持ったマグカップの中。  濃い茶色にすっかり白いマシュマロが溶け切って、濃い茶色のココアの上で白い雲のようになっているそれを見下ろし、何気なく一口口に含む。…こっくりと甘い、コクが深い、ふわふわでクリーミー…――ただ、これが僕の知っているココアの味か、というと、どうもそれは少し違うようだ。  僕は、自分の唇についたマシュマロの泡をぺろりと舐め取りながら、やや顎を上げてぼんやり、考えてみる。   「…………」    チョコレート…というか、カカオの甘くて香ばしい香りが強く、インスタントのココアよりも深いコクがある。  少しは入っているのだろうミルクの、そのコク深いほのかな甘味と、何か、僕が知っているよりまろやかな砂糖の甘味(ただ微糖というようなほのかなもの)が、コクとなっているカカオの渋味や苦味と合わさって、カカオ本来の旨味を引き立てている。――そしてその上に、ふわふわでこっくりと甘いマシュマロがとろけているものだから、結果としてはしっかり甘いのだが。    カカオが濃いからか、決してしつこくはない。  しつこくはないが、物足りないほど水っぽくさっぱりしているわけではない。むしろ、カカオにしてもミルクにしても、リッチというか、とても濃厚だ。   「……ふぅ……」    味は濃いが、逆に、その濃さを欲しがっていたような僕の体に染みてゆくような濃厚さだ。  ただこれは、とても飲んだことない味、ではないのだが、…凄く有り体にいえば…――ココアですら高級なんだろうな、という、僕の比較対象たるインスタントココアよりも何か、上品で濃厚な味とその濃い香りだ。   「…その()()()()()()()()()、俺にも一口ください。」   「……、あ、あぁ…はい、どうぞ」    僕は、隣に座るソンジュさんに(ホットココアではなかったらしい)、…ホットチョコレートの入ったマグカップを差し出す。――いや、さすがに僕だって、ホットチョコレートくらいは聞いたことがあるし、飲んだことだってあったはずだ。  ただ、ホットチョコレートとホットココアの違いまではわかっていない。というか正直、同じものだと思っている(要はココアのおしゃれな言い方だろ、と)。   「……、…」    で、ソンジュさん…――マグカップにその長い鼻(マズル)の、黒い鼻先を近寄せてはふんふん、と匂いを嗅いだあとに舌を出し、わんこみたいにそれの中身をペロペロ、ぺちゃぺちゃと飲んでいる。ホットココア…じゃない、ホットチョコレートを。いや、おそらく言い方が違っているだけなんだろうから、もうココアでいいか。  先ほどはどうやってワインを飲んでいたのか見ていなかったが、彼、ワインもこうして飲んでいたのだろうか。    僕がぼーっと、ソンジュさんのその様子を眺めていると――彼は、はた、と横目に僕を見遣るなり、きまり悪そうに笑う。   「……はは…すみません。下品に見えるかもしれませんが…実は、“狼化”してしまうと普通には飲めないもので…――いつも通りに飲むと、口の端から漏れてしまうんです…、口が、こう…大きくなっているでしょう…?」   「……あぁ…なるほど…。いえ、下品とは思ってませんが、ちょっと物珍しく思ってつい…ジロジロ見てしまって、僕のほうこそすみません」    そうか。  狼の顔――頭の上にピンッと立った三角の耳、そして鼻梁(はなみね)が前に突き出すように長くなり、それに伴って、口のサイズも頬まで裂けたように大きくなっている――今のソンジュさんである。  単に見ただけでも、唇の前面から喉までの距離は、人間の姿のときよりも長そうである。――すると普通に飲み物を飲もうとすれば、その大きな口の端からダバダバと溢れてしまう、ということだろう。  そもそも、今は狼そのもののような顔の造形となっているわけだから、そりゃあ――本物の狼など、犬科の動物同様――ペロペロと舌先で飲み物を掬うようにして飲むほうが、適しているはずだ。       

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