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ジロジロ見てすみません、と僕が謝るとソンジュさんは、気軽なふうに「いえ。…ありがとう」と僕にマグカップを返してきたので、僕はそれを受け取る。
それから彼は、僕の腰をするり…抱いてきた。
「…、…ぁ…こ、ココア……」
僕はドキ、と心臓が小さく跳ね、どこか居心地悪く立てた膝の上に、マグカップを置く。――そして僕は、それを見下しながら(マシュマロばっかりなくなっている…)。
「…ココアも、…なんだか、セレブの味がしました…」
「……、セレブの味…ですか?」
「はい、高級な…濃厚で、……高級な味が…」
しかしいざ口にしてみると、そうとしか言えない僕の語彙力のなさに、我ながら少し鼻白むものがある。
「……いや…おそらくそれは、製菓用のクーベルチュールチョコレートを溶かして作られたものだから、だとは思いますが…」
「…は、…く、クーベル…?」
なんだそれ、クーベルチュールって…何だ。
フランツェの――エウロパ地方、つまり海外、それも殊におしゃれでキラッキラな国の――言葉か?
僕は、フレンチ料理くらいならまあ、家族と食べたことがある――おしゃれなフランチェの料理だ。ヤマトでは大概高級料理とされており、それの特徴は少なくて品数がとにかく出て、あとマナーが厳しい――が、…あれはレストランであったからまだしもである。――家庭でフレンチ料理的な何かが出てくるとは、やはりセレブだ。
僕の横顔に疑問を見つけたらしいソンジュさんは、少しやさしげな笑みを含ませた声でこう、教えてくれる。
「…クーベルチュールチョコレートというのは…まあ簡単にいいますと、このヤマトで多く流通しているチョコレートよりも溶けやすく、風味も豊かなチョコレートのことです。」
「……へえ…」
やっぱりセレブ食材らしいな、クーベルチュールチョコレートとやら。――あるいは僕、生まれて初めてそれを食べ…というか、飲んだかもわからない。
「…それで、話は戻りますけど…それが濃厚なのは、ホ ッ ト チ ョ コ レ ー ト だ か ら …では?」
「……は…?」
僕はうっすらと察した自分の間違いに、ソンジュさんのほうへと振り向いた。――彼は神妙な顔付きで、僕のことを見ていた。
「…ですから、そ れ が コ コ ア で は な く …濃厚なのは、ホ ッ ト チ ョ コ レ ー ト だ か ら 、ではないかと思うのです…――が。…どうやらユンファさんは、ココアとホットチョコレートの違いをご存知ではないようですので、よかったらご説明いたしましょうか」
「はい、お願いします」
僕は深く一度頷いた。
するとソンジュさんは、ふっと小さく笑い――僕の立てた膝の上にある、マグカップを見下ろして。
「…ココアというものは、いわゆるカカオパウダーを用いて作るものです。カカオパウダーに牛乳や砂糖を入れてよく溶かし、そうして出来上がるものが…ココアです。」
「はい」
そしてソンジュさんは半笑いで、くいと顎で僕の持つマグカップをしゃくり、示す。
「そして、今ユンファさんが飲まれているそれは、ホットチョコレートです。――ホットチョコレートというものは、その名の通り…チョコレートをお湯や牛乳に溶かして作るものです。…簡単にいえば、ココアは粉から作るもの。ホットチョコレートは、チョコレートから作るもの…ということですね。」
「…ほおぉ……」
初めて知った。
正直な話、てっきり僕は、ココアもホットチョコレートも、せいぜい呼び方が違うだけのことなんだろうとしか考えていなかった。――そうだったのか…新しい知識を教えていただけるということは、本当に楽しいことだな。
僕は「そうだったのか…」とそのまま呟き、自然と口角が上がったまま、隣のソンジュさんへと振り向いた。
「ありがとうございます、教えてくださって。…ソンジュさんは物知りですね。…やっぱり、ご職業が小説家だからでしょうか?」
「……、それも…あるかもしれませんね。…ふふ…」
ソンジュさんは柔らかく目を細めて笑うと、僕の腰を優しく抱いて、抱き寄せてきた。
僕は少しあっと思ったが、多くなるまばたきを彼に見られないようにと、伏し目がちにホットチョコレートを飲んだ。
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