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                   “「――pineは…俺です。」”       「――…え。」      ソンジュさんはいったい、何を言っているんだろうか。  だってさっき、自分はpine先生じゃないと…――。      pineは。――俺です。      pine。は。俺。です。     「…pineは、俺です…――?」    僕は理解をしようと、その単語を口の中で繰り返してみた。――するとじゅわり、緊張のしびれが僕の額の裏に広がって、ゆっくりと目が見開かれてゆく。   「ええ、pineは俺です。――中一から中二の頃に、その“夢見の恋人”を書いたのも、俺です。」   「……、…はは、…え…?」    まさか。いや、いや、いや…何かの、冗談だろう。  だって…いや、たしかにソンジュさんの職業は作家先生らしいがしかし、それがもし事実だとしたら僕――敬愛するpine先生に、求婚されているということなっちゃうじゃないか?  ソンジュさんはどこかうんざりとまぶたを下げ、それから僕の手元――正座した腿の上あたりに下ろした『夢見の恋人』を見下ろす。   「…先ほど俺はサプライズのために、ちょっとした嘘を言っただけです。本当に素直すぎて心配になるというか……」   「…いや、いや、信じ、たいのは山々なんですが…、いや、さすがに……」    愛想笑いを浮かべている僕は、…ソンジュさんの寂しげな顔から目を下へ逸らし、自分の手元にある『夢見の恋人』を見下ろした。――僕の黒いシルクに浮かぶ長方形…白にパステルカラーの、カナエとユメミのキスをしている影。   「……ほ、本当なんですか…?」    たしかにソンジュさんは今、とてもじゃないが嘘を言っているようではない――ただ、本当にソンジュさんがpine先生であった場合、もちろんそれだけでも驚きだが(いくら推理していたとはいえ、やっぱり驚愕の気持ちがあるのだ)、…先ほどの「俺のユメミ」発言を合わせて考えてみても…――ということはつまり、   「じゃ…いや、まさか…でも……」    ユメミは本当に――僕が、モデル……?   「…ええ、本当ですよ。ただ証拠という証拠は、…難しいな…――各作品の設定資料なんかなら書斎にありますが、それをユンファさんに見せたところで、証拠になりうるかどうかは未知数、といったところでしょうか……」   「…、…、…」    設定資料…かなりそれらしいな。  いや――そもそも思えば、ソンジュさんが、僕にこんな嘘をつく理由はないだろう。…僕をそうして騙したところで彼に、いったいなんのメリットがあるというのか。  とは思うが…どうしても確かめてしまう。内心ではもう疑ってはいないのだが、信じられない、という矛盾した言葉ばかりが頭に浮かんでしまうのだ。   「…本当に…?」   「ええ。ですから、そうです。これこそ本当のことですよ。――というかなんの意味があるんです、そんな嘘をついたってどうせ、いずれバレることだ。」    それも、そうか。と、僕はソンジュさんをチラリと上目遣いに見た。――つまり僕はいま…敬愛するpine先生に会ってる、この人がpine先生…pine先生に、僕はいま会って、会話をして…というか、pine先生に恋をして…恋人、契約…求婚されて…ユメミのモデルが僕かもしれない……。   「…ふあ……ぁああ゛……!」    僕は頭を抱えた。   「だ、大丈夫ですか…?」   「だい、大丈夫じゃない、…」    駄目だ混乱してきた、何をどう受け止めたらよいのかも、正直今の今ではよくわかっていない。       

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