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                   とりあえず僕は、大切にpine先生の直筆サイン入りとなった『夢見の恋人』を両手に持ち、立ち上がって――ソンジュさんの隣にまた、座り直した。  立てた膝、腿の上のほうに置いてみている『夢見の恋人』だが、パステルカラーがチカチカして眩しく見える。   「はは…ちなみにpineというのは、英語で松という意味です。――俺は中学生のころに作家活動を始めたものですから、かなり安直に、松樹(ソンジュ)を英単語にしたものを作家名として決めてしまって、そして今に至っているのですよ」    ソンジュさんは「呆れたものでしょう」なんて可笑しそうに笑うと、『夢見の恋人』に添えた僕の指の背をするりと撫でてくる。――それだけでぞく、としたが。   「…なるほど……」  どうもぼんやりとしてしまう。  いや、もうあまりソンジュさんへ猜疑心めいた気持ちはないのだが――そうじゃないかと推測はしていたものの、pine先生がどこにも言っていない作家名の由来まで聞いてしまったし――、とはいえ僕が、この真実を受け入れるにはまだ時間がかかりそうだ。   「…先生…、pine先生…――ソンジュさん、本当に…pine先生、なんですか…?」    つまり今、僕にくっつくほど間近に隣にいる、このソンジュさんが――僕の敬愛する、pine先生。…僕を救ってきた、pine先生なのか。   「…はい。ふふふ…」    ソンジュさんは少し困り笑顔だ。  もう何回確かめるんだよ、とうんざりしはじめているのかもしれない。   「…じゃあ…僕って今、――つまり、あのpine先生とお会いしてるんですよね…」   「…そうなりますね」    僕はこれで最後にしようと思っている。  これでひとまずは、ソンジュさんがpine先生である、ということを丸々呑み込もうと思って、そうすると――かあっとテンションが上がり。   「……や、そっそんなことあるんだ、…あの…いや僕、ほんと先生の大ファンで…よ、よかったら、――握手してもらってもいいですか…?」    驚きすぎると逆に声が上手く出ないものらしく、細々とした声でソンジュさん…いや、――敬愛するpine先生に、震えている片手を差し出した僕に、…彼は。  ぐるりと呆れたように目玉を回し、それから呆れ笑顔で僕に振り返りつつも、「ええ、いいですよ…」と笑いつつ、僕の片手を握ってくれた(肉球がぷにぷにゅだ)。   「うわっ…いやーあ、ありがとうございます、先生…! 僕、ほんと、……、…――あ、あーっ言いたいことたくさんあるのに、いざとなると出てこないな、すみません…」    先生の手をそうっと握るが、ぶんぶんと上下に振る僕は、ドキドキしてしまっている。――大興奮で、だ。   「…いえ…まさかここまで喜んでいただけるとは…。俺もとても嬉しいですよ…――いやですが、正直予想外でした。貴方がそこまでpineを慕っているとはね…」   「…えっでも、本当に先生は素晴らしい作品を書かれるじゃないですか、だっ大好きなんです、本当、大好きなんです、先生…――僕、本当に先生の物語がどれも好きで、でも“夢見の恋人”が一番大好きで、…こうなってからも、本当に…“夢見の恋人”に助けられているところもあって、本当に尊敬してます、崇拝、敬愛の域です、pine先生……文学の神様だ、貴方は…!」   「……ふっ…」    少し困ったように鼻で笑ったソンジュさんは、僕の汗ばみ、緊張で冷えた手をするりと手放し、僕の肩を抱き寄せてきた。       

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