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                   ソンジュさんは僕のニップルピアスを外しながら、追憶の穏やかな声を僕の胸元に響かせ、こう語る。   「…十一年前…俺たちは出逢った…――貴方の高校での文化祭へ、俺はなんの気もなしに遊びに行きました。…まさかそこに、運命の出逢いがあるとは知らずに…ね。…しかし運命というものはいつも、そうやって()()()()()をしているものなのでしょう…――そして俺はひょんなことから、あの高校の図書室に入り……」   「…………」    ソンジュさんは両方のニップルピアスを外し終えると、それをローブのポケットへとしまい――それから彼の、そのあたたかく柔らかな手のひらが、僕のあばらを、腰をゆっくりと撫で下げてゆく。  彼はきっと、僕の体をうっとりと眺めている。   「…ユンファさん…俺はそこで貴方を、見付けました。そして…そのときに俺は、貴方に一目惚れをした…――今も尚貴方はとてもお美しいが、あのときの衝撃は今も尚、色褪せることはない…、本当に綺麗だった……」   「……っ」    うっとりとした声でそう呟いたソンジュさんは、ちゅ…と僕の胸板の真ん中にキスを落とした。   「貴方はあの日、図書室の窓辺の席で窓の外、夕暮れに染まった空をぼんやりと遠く、うっとりと眺めていた…。その目は夢見がち…まるで起きながらにして、甘い夢を見ているかのような目でした…、恍惚としているようでもありながら、寂寞の念を諦めているかのようでもあった…――儚い()()ている美しい人…()()()」   「……、…」    思わずハッとしてしまった。  ぞくぞくとこみ上げてくる。なぜか、背徳感がこみ上げてくるのだ。――まぶたを閉ざすと、重なる。  あの図書室の窓辺の席に座り、ぼんやりと夕暮れの外を眺めていたユメミと――僕が。   「オメガ排卵期がきていた貴方は、とても艶やかで…儚げで…それでいてとても、高潔な目をしていた。…意思の強い切れ長の目…それでいて、とても甘く潤んだタンザナイトの瞳は、儚げなほどに淡い薄紫色…――こんなにも美しい人を見たのは初めてだ。…俺は本気でそう思いました……」   「……、ん…」    なぜか声がもれ、僕の眉が寄る。  なぜかわからないのだが、僕は漠然とソンジュさんのその声にぞくぞくとして、感じているのだ。――ごく、と喉が鳴ると、ソンジュさんは僕の今しがた動いたばかりの喉仏を、すり…すり…と指先でちいさく擦りながら、僕の耳元に口を寄せてくる。   「…そして俺は直感したよ…、一目見てわかったんだ。この人は間違いなく、()()()()()()()()()っ…てね……」   「……っ」    僕は囁かれて、ビクンッとした。  片耳にじんわりと熱が溜まってゆく。   「そして、()()()()()()()…。ところで…聞きたいのだけれど、ユンファさん…――貴方は高校一年生以前に、誰かとキスをしたことはある?」   「……は…、…え、いいえ…?」    僕は顔を横へ向けたまま薄目を開けて、()()を言った。  当然のことながら僕はこれまでに恋愛経験ゼロであり(であるからあそこまで苦悩していたんであり)、それこそ、ソンジュさんこそが、僕の初恋の相手といっても過言ではないのである。――そして僕のファーストキスの相手は、一年前に僕をレイプしてきた、あのケグリ氏だ。    するとソンジュさんは、嬉しそうに上擦った声で笑った。       「ふふふ、そう…? なら、はは…――間違いなく()()()()()()()()()()()()()()()だ。」   「…え…――?」           

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