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――もし迷うなら宝石の真価を問え。
見た目がそっくりだからと紛い物で妥協するのか?
これから先、生涯を共にする存在を――?
一時しのぎのアクセサリーなどではない。
彼の輝きは身に着けて人に自慢したいようである。それでいて、ずっと手の中に握り込んで隠しておきたい。落とさないようにと警戒しておきたくなる。失うくらいならばいっそどこにも着けてゆかず、綺麗な宝石箱――それも特別な宝石箱にただしまって、毎日色褪せぬように磨いてやりたい。
紫外線に焼かれて色褪せるかもしれない。それは怖い。
どうでもいい紛い物なら焼けてもよい。それも味か、まあ安いし、似たようなのを買えばよいし。そう思えたほうが気楽な者もいるだろうか、しかし、俺が求めているのは換えの効かない貴石だ。その美しいタンザナイトに、そういった一種の諦観を持てるわけもない。
失わなければそれでよい。毎日その美しい輝きが見られればよい。盗まれるくらいなら閉じ込めておきたい。誰ぞに自慢したいわけじゃない。まさか自らを惹き立てるためのものではないのだ。――例えばマリー・アントワネットがかつて身に着けたとされる宝石が、この世のどこかしかに厳重に保管されていながらもその場所は誰も知らないように、世に知られずとも値段すらつけられぬ価値の、世に披露するにも惜しいほどの貴石には、それくらいの緊張感ある待遇を以ってしても全く当然のことである。
束縛? それもまた美しい恋心の一つ、初恋であるからこその憧憬、神秘的な崇拝と熱狂的な信奉、それに因する他者への正当な威嚇が、もしやそれと人が呼びたがるものではないだろうか。
しかしそれとて当然のことだ。掠り傷一つでもつけられては堪らない、盗まれては堪らない。大切なものほど人は安全で厳重に守れる場所に、完璧な管理状態で隠すように保管するものである。大切なアクセサリーを雨晒しになどしている人がいないように、この気持ちもまた当然のことである。
重要なのは役に立つ立たないではない、そんな基準は消耗品にでも宛てがっておけ。――ただ我が手元にあれば、それだけでも僥倖 というほどなのだから。
我が生涯を共にする貴石は――かのダイヤモンドよりも高価で珍しく、隷属の執念に取り憑かれるような、あの世にも美しいタンザナイトでなければならない。
ひと際美しく、ひと際価値のある俺の貴石――玉 。
これぞ初恋、これぞ恋、これぞ恋愛、これぞ愛だ。
――確信は、ともすれば執着を生む。
――Shoot for the moon.
地球にある花など全てが雑草だと思えるほどの高嶺の花よ。俺は地面に生えた花か草かもわからぬものを踏み付けてしまったこともありましたが、それは貴方を見上げ続け、歩み、ときに走って努力をしてきたが故です。
俺は誰よりも貴方に相応しい男となるため、貴方のためだけに成長を続けてきたのです、ユンファさん――俺はもう月には吠えません。
ですからどうか、俺に貴方の慈悲深き赦しを与えてください――。
――我が初恋の人。
俺のファーストキスの相手。
俺が、唯一の恋をした相手。
曰 くでは男のほうが初恋というものに固執し、女のほうが最後の恋に固執するものであるという。
しかし一義認めど更に俺は、この初恋を最後の恋にすることに固執している。――俺が唯一求めている美貌の男。
俺の、唯一の我儘――月下 ・夜伽 ・曇華 。
「…貴方は俺の悪夢の中に現れた、美しい神なんだ」
俺が囁くようにそう言うと、ユンファさんはぴくんとわずかに肩を跳ねさせた。
俺に毛足の長い、黒いふかふかとしたマットに組み敷かれたユンファさんは、横に倒していた顔をおもむろに上の俺のほうへ向けて、はにかみの桃色を白い頬に滲ませた。
彼は火照った薄紫色の瞳で、俺の目を見つめてくる。
「……綺麗だよ、ユンファさん――。」
黒いパジャマのボタンをすべて俺に開けられて見える、ユンファさんの体はまったく白い。彼はその顔はもちろん、体も、魂も精神も、何もかもが美しい。
ユンファさんは、本当に綺麗だ。
しかし、悲 し い こ と がまた起こってしまった。
「……、…あの…僕は、綺麗では……」
ユンファさんは伏し目となって、また俺の「綺麗だ」を拒んだのである。…すると恐れに火照りがすーっと醒めていったその瞳は、暗く深い群青に変わる。それでいてその艶 やかな不幸の青い暗さは、あの日と変わらず強く俺の心を惹きつけてやまない。
まあ要するに、彼はまた俺のこ の 形 容 を、単 な る 恋 愛 の 飾 り として受け取ってしまったのである。
「……ッ♡」
しかし次には、彼は眉を寄せて切れ長の目を細めた。
ぁ、と開いた薄桃の厚い唇の奥からは、その声は聞こえなかった。ビクンッと細腰を跳ねさせたユンファさんは、悩ましげに目を瞑る。――俺にギリッと摘まれた桃色の乳首が痛み、しかし善かったのだろう。
「…俺たちが出逢ってから、ち ょ う ど 今 日 で 十 一 年 目 ですね。だけれど、俺たちが出逢った記念すべき時間はもう過ぎてしまった…よって、残念ながらも う 約 と い う べ き でしょう。――そのとても長い時間…俺はずっと、ユンファさんただお一人だけを想い続けてきました。――貴方は長年、俺 の 夢 でした。」
「……、…夢…?」
ユンファさんは訝 しそうに薄目を開け、俺の目を見上げた。彼の切れ長の白いまぶたにふんわりと挟まれた瞳は、今もなお群青色に近い。
俺はくにくにと乳首の先を指先で摘んでもてあそびながら、ニヤリとする。
「……俺はあ の と き か ら も う 、既 に 決 め て い た のです。」
「……? 何を、ですか」
俺はまたユンファさんの美しい瞳を、捕らえられた。
初恋だから俺はもっと欲深になる。もっとその瞳を己の瞳で絡め取ろうと、もっと彼の端正な顔へ顔を寄せる。すると彼は驚いたが、まんまとその薄紫色の瞳で俺の目を見つめてきたのだ。
「…ふふふ…貴 方 と 結 婚 す る ってね……、…――。」
俺の目の裏に浮かぶ――鮮明なる愛しの初恋。
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