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                  「…………」    俺は自分の夢の中に出てきた美しい青年を現実で、奇跡を、神をそこに見た。そうこのとき馬鹿に信じ込んだほど、彼は完璧な美しさを持った少年だった。    左から差し込む夕陽に白い顔の半分をふんわりと照らされ、反対側の高くやや長めの鼻の影が濃い。…切れ長の、やや目尻がつった彼の目は潤んだ薄紫色をしていた。…先ほど俺を睨み付けてきたときに赤紫色に見えていた彼の瞳が、今は夕陽に透かされてやや金色をおびた薄紫色をしている。  その人の痩せてはいるが貧相ではない頬は、むしろ若々しい、たるみのない引き締まったシャープさがあり、そしてその頬は、まるではにかんだかのような薄桃色に染まっていた。その目にも涙の膜が張り、夕陽の光につやつやとした綺麗な光沢を放っている。   「…………」   「……――。」    こんなに綺麗な人は、初めて見た――生まれて初めて人の美貌に心を揺さぶられた俺は、驚嘆にまばたきも忘れ、目を見張ったままに彼をじっくりと眺めていた。    遠くから見ると、まるで物語的な美しい光景である。  夕暮れに染まる薄暗い図書室、窓際でたそがれる色白の美青年、彼が突っ伏していただろう空間の前、その横長の机には何冊か本が重ねられてあった。そしてこの図書室には、窓際に沿って二列の横長の机が置かれ、ちょうど二列目の窓際に座っているその人の背後に並んでいるのは、茶色い本棚の側面、それはいくつもあった。  鼻が馬鹿になりそうなほどこの部屋に充満した濃い甘い匂いのせいか、あるいは十二歳のときから見てきた夢の世界そっくりな今のせいか、俺は途端に夢の中に足を踏み入れてしまったかのような、非現実的に浮つく感覚に襲われた。それは足のつま先から頭のてっぺんに至るまで、あるいは熱に浮かされたかのように頬も火照っていた。  窓際でたそがれている彼の、その雪のように真っ白い肌は、よく見るとその薄い白い皮膚の膜の下に、美しいアメジストやサファイアのような透き通る紫や青味があり、そしてしっとりとした白い絹のような柔らかい艶があった。彼は(なま)めかしい汗をかいていたのだ。  夕陽の色にかろうじてミルク色となった肌、高い鼻は斜から見るといよいよ気高い狼のような、鋭い美しさがある。  そのやや面長の、小さな顔にちょんとついた唇はぷっくりとして厚く、チェリーのようになめらかで赤い。しかしどこかその赤は、今さっきまで噛み付いて殺した獲物の血を舐め回していたかのような、そうした獰猛な妖艶さも感じられる。  うんざりと重たそうな切れ長の上まぶたに少しかかるくらいの、艶美な黒髪――その繊細な陰りが落ちた目元は潤んで、青みがかった白目にはやや赤が差し、今にもほろりと儚げに泣き出しそうだった。    彼が片頬を包む手は白く、大きく、指が長い。  綺麗ながら、比較的男らしい手だ。――それでいて、うっそりとした青白い色をしている。…真っ白く薄く息のない求肥の下に、脈動する紫や群青の血管を飼っているようである。    その人が纏う高校の制服、濃紺のブレザーの下で着崩された白いカッターシャツ――おそらく不意なタイミングでオメガ排卵期が来てしまったため、息苦しいとネクタイを外し、襟元を開けていたのだろう首元――から、その人の長い雪白の首筋と、ぽつんと浮いた喉仏がちらりと見えていた。…今そこに、つーっと汗がゆっくり、夕陽に煌めきながら伝ってゆく。    ――ゾクリとした。  儚げでありながらも、力強いところのある美青年――窓の外へ転じられた、その薄紫色の瞳は色っぽく気だるげで、どこか虚ろだった。…遠くを見ているその眼差しは夢見がち、まるで淡く脆い夢を起きながらにして見ているようだった。しかしこちらの予断を許さないほどの、何か圧倒される強さをも感じさせる。  目を逸らせば今にも飛び掛かってきて噛み殺されそうな危うさと、むしろ彼のほうが指一本触れただけで壊れそうな危うさの、彼はそのどちらもをなぜか巧みにも共存させていたのである。そして、そのどちらもの危うさは、俺の心を強く惹き付けた。    どちらにしても用心したくなる魅力である。  それでいて香り立つようなその生命の危うさの他に、利口そうな、清潔そうな、怜悧な、上品な、冷たそうな顔立ちの彼が、秘めやかであるべき性行為中のように虚ろげで火照った美しさを、上品ながらも(そそ)られる妖しさ、艶を濃く纏っていたのである。    それは俺が、彼のフェロモンを嗅いだからこそそう思ったのだろうか。俺は何度もそう思ったが、今はもうよくわかっている。――俺はただシンプルにユンファさんの、この厚いブレザーの下に隠そうにも隠し切れないでいる(あで)やかさ――初心(うぶ)そうに儚げな肌にじゅわりと滲み出てくる妖艶さ、易く壊れそうでいて己こそ壊されそうな力強さ、命懸けで生きてきた孤独な狼の最後の夢想、その死も生も共存した生命の艶やかさ、そうした彼の美しさの虜となったのだ。      簡単にいえば――俺はこのとき、ユンファさんに一目惚れをしてしまったのである。      痛いほどだ。頭に電撃を食らったような衝撃である。  汚い話、股間にまで鈍痛を覚えたほどだ。  そして俺は直感した。     『僕の夢の中の、僕だけの恋人が、今なぜか此処にいる。  これはあまりにも運命的な出逢いだ――この出逢いはエイレン様、つまり神様のお導きに違いない。()()()()()()()()()んだ――この人は間違いなく、僕の“運命のつがい()”だ。』           

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