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俺はあの図書室でしばらくぼんやりとしたあと、スラックスのポケットにある携帯を見た。いくつもの着信とメッセージの通知を瞥視 してから、俺は携帯の電源を落とした。
それからなんの気もなしに窓を開けた。――外にある校庭からは、ゆったりとしたワルツが流れていた。
何曲目かも知らないが、男子校だというのにワルツか。
この二階の図書室からなんとなし見下ろした先の校庭では、男同士で手を取り合い踊る者もいたが、男女で踊っている者のほうが多くいた。服装はドレスにスーツになんてことはなく、両者紺や赤のジャージなどの体操服である。
俺はあまりよく知らないで、誘われるままにこの高校の文化祭に来た。のちに知った。姉妹校である女子校とこの男子校、文化祭の日が同じで、フィナーレのワルツのみ合同であったそうだ。
これは――男女の青春を飾るための、ワルツである。
校庭に散らばった多数派社会原理は、俺の目を空の褪せた橙色へと転じさせた。
「……、……」
俺の初恋の人は男性だった。ユンファさんだ。
しかし俺の初恋は、どの段階でそう言ってよいものか?
ロマンティシズムでいえば、俺の初恋は十二歳のときに見た夢の中でのことである。リアリズムに即していえば、俺は十三歳のこの日に初恋を経験したというべきだ。
だが少なくとも俺は、十三歳の時点で自覚していた。
自分の恋愛対象が、男性であること――すなわち自分がゲイセクシュアル であることを、俺はもう既に自覚していたのだ。惚れるだなんだはユンファさんが初めてのことではあるが、俺は女神の体に美を見出そうとして、知らず知らずのうちに、その女神の体に男 神 ら し い 部 分 を探すような少年であったのだ。
男と女のためのワルツ――そもそもワルツというのにははじめから、男と女が付き纏っているものである。
俺は願うようにして、また目を広い校庭へと下げた。
もしやあの人も、同年代の女の腰を抱いて身を寄せ合い、女の目をあの美しい瞳で見つめながら踊っているんじゃないか。だから俺の――同性の少年の――ダンスの誘いをあしらって躱 したんじゃないだろうか。そうならもう既に先約がいたということである。
男の俺は男のユンファさんの美貌に惚れた。
それと同時にこうした悔しい理解があった。彼の美貌は女好きするものでもある。そして、あるいは彼がこの世の多数派に属している、同性愛になど縁もゆかりもないヘテロセクシュアル 、すなわち、女を愛する男である可能性のほうが高いということも。――彼女と呼ばれる存在いてもなんらおかしくはない人である。あるいは今日、彼にその候補となる人ができてもおかしくはない。
嫉妬ともいえる執拗な目で、俺は広い校庭で手と腰を取り合って踊っている者たちの顔を一人一人、つぶさに見て確かめた。
しかし、校庭で向き合いくるくると手を取り回り、そうしてワルツを踊る人のどれにも彼は居なかった。
本当に帰ったのだろうか?
「……、…っ」
居ても立ってもいられない気持ちになった。
校庭に彼はいなかった。それにはホッと胸を撫で下ろすほど安堵したというのに、しかし堪えかねる疑惑の念もまだあった。
これほどまでに俺の血を騒がせたのは、一体何が理由だったのだろうか?
俺はにわかに、走り出していた。
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