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「――はぁ、はぁ…、……」
ユンファさんの匂いを追って辿り着いたのは、この高校の保健室だった。――走っていたために息を切らしていた俺だが、自分の呼吸音が邪魔に思えて息を潜めた。
そして耳を澄ました。
すると自分の胸の鼓動に紛れて――すぅ…すぅ…と、とても静かで穏やかな寝息が聞こえてきた。
中には一人――眠っている人――しかいないらしい。その他に人気 はない。…保健室のドアには『不在中』の掛け札がかかっていた。
俺はすぐさま扉を開けようとした。
ガチ、と阻まれた。――扉にかけられた鍵に。
此処は一階だ。…また耳を澄ました。
「……はぁ…、……」
幸いにも開いている。少しだけだ。
窓が。――その隙間はおおよそ三センチほどか、ノイズ混じりの騒々しい爆音、不細工で不愉快なワルツ、足並み揃わぬ雑踏、耳障りにはしゃいだ話し声――それらに紛れ、わずかに爽やかな風の入り込む音がする。
×××
もちろん俺は、窓のほうへと回り込んだ。
忍び足で俺が辿り着いたその窓は、いわゆる掃き出し窓――ベランダなどについているような、扉に近い窓――ではなく、壁に取り付けられた普通の窓である。
校庭に面している保健室では誰かに見られるか、とも危惧したが、幸いみんなワルツを踊っている者たちへ呑気な視線を集中させていた。――つまり、校庭の中央で踊る人たちをみんな一様に見ていた彼らは、ほとんど全員、校舎にその背を向けていたのだ。
そのため、幸い姿を見られて誰かに咎められるようなこともなく、俺は、開いていた窓の隙間に指を差し込んでもっと開き、アルミサッシに片足をかけた。――俺はそうしてまんまと、ユンファさんが眠っている保健室へと忍び込んだのである。
「……はぁ……」
ひんやりとクーラーの効いた保健室には一見、誰もいないようであった。
ひっそりとしてとても静かである。…外から聞こえてくる歪なワルツ、品のない雑踏、馬鹿に色めき立った声――ピシャリと窓を閉め切れば、まあ多少マシだ。
マシだ。…こうすればまるで別世界だ。
この世界には俺と綺麗な彼のほか誰もいない。二人しかいない世界――それがもし誠の世界であったなら、俺は生 来 の 偶 然 に据えられた不幸から、きっと解脱できたのだが。
俺はそろそろと歩き出した。
踵 とつま先とを意識してなめらかに歩き、そう足音を立てぬようにしつつも、甘い匂いを辿った。
そしてすぐにわかった。薄水色のカーテンに囲まれたベッドで眠っている人――ユンファさんの居場所は、すぐによくわかった。
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