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「やっと見つけた」
僕の“運命のつがい ”――。
囲われた淡い水色のカーテンの中、俺はユンファさんの美しい寝顔の側に立ち、そう呟いた。
間違いない。眠り姫さえ、この美しい王子様の寝顔の前では寝ながら恥じらい、顔を隠す。…ゲイでない王子でさえも、この美しい寝顔の前ではきっと、彼を選んでキスをする。
俺の目は釘付けになった。
ユンファさんの顔は眠りにゆるくやわらかく、やや俺のほうを向いていた。眠り顔はあどけない人も多くいるものだが、ユンファさんの場合は何か、眠っているだけでも人を誘うような色っぽさがあった。――清らかでいて、どこか男を誘うような色気のある穏やかな寝顔だ。
眠り姫の寝顔もそうだったのだろうか?
だからあの姫は、王子のキスを勝ち取ったのだろうか。
しかしユンファさんの美しい寝顔には、ただ男の口付けを待って、その口付けが来るまでは眠って待っていようなんて、そんな受動的なものは何も感じられなかった。
閉ざされた肉の薄い白いまぶたに艶があった。綺麗に生え揃った黒々とするまつ毛にもまた、何か油っぽいような艶があった。眉はしっかりと端正な形を成し、彫りの深い目元、眉間から徐々に高くなる鼻先にはしかし、どこかあどけない赤らみもあった。
痩せた頬はしっとりと火照り、じわりと内側から滲む血の色が、なんとも妖しかった。紙一枚分ほど開かれた唇は形もよく赤くて、上唇のM字はシンメトリー、ぽってりと膨れた下唇は、ジューシーなチェリーのような艶のあるなめらかさがあった。
――穏やかな寝顔、妖艶な肌、澄ました高潔そうな美しい造形、甘く香る桃の香とバター。
美しい眠り姫が、ただ王子の真実の愛のキスを待っているだけの、か弱い女だとするのなら――この美しい青年はただ、自らの開花のときを待って眠っているだけの、危ない男だ。
俺は今度はユンファさんの、穏やかにゆっくり上下する胸板を見た。しかし掛け布団に隠れていて見えない。
彼の広い肩から繋がる両腕は掛け布団から出て、軽く腹に置かれている。両脇でそれを挟んでいるようだった。ブレザーを脱いでハンガーにかけていた彼の両腕は、白いカッターシャツを手首まで纏っている。
――ユンファさんの両腕の緩やかなカーブに合わせて波打つ、そのカッターシャツの襞 もまた美しい。
流れるような白と灰、グラデーションしたコントラスト、繊細な翳りと繊細な明るさ。このときにだけできる刹那の自然の芸術品、例えば月明かりに照らされた夜の湖畔、その湖の穏やかに揺れる水面に映りこんだ丸い月、波紋に崩れて漂う月の美しさ、…そのようにして、たとえ彼がこれから同じ格好をしたところで、似たようなものは生まれても、もう決して今とは同じ形の襞にはならない。
それすら上品で艶 やかな印象があり、カッターシャツの襞さえも彫刻のそれのように美しく見えた。
自然と俺の目が辿り着いた、彼の美しい手。
カッターシャツの袖口から見える白い大きな手。
五本の骨が扇 のように浮かび、手の甲に這う太い血管が、まるで白い扇に描かれた青龍のようである。青白く広い手の甲と、白い布団との接地面をふちどる青っぽい影が濃い――しかし、柔らかく曲がった長い指は真っ白であった。…大きく細長い爪は桜色をして、ほとんど爪先の白さはない。
俺はその人の片手を、下からすくい上げた。
だらりと力なく、重たそうに下がった。眩いほどに白かった。大きく、とても美しい手だった。――しかし、ぬくもりがあったのには少し驚いた(なんていうのはもちろん、また職業病の誇張 である)。
陶器のように白く、人形の手のように整っていながらも俺のなすがままにしか動かず、重たく、それでいてきちんと人のぬくもりがあったのだ。…手首の脈に触れた。――とく…とく…と、彼の密かに生きている動きが、俺の汗ばんだ指にしっとりと吸い付いてくる。
貴方も、生きているんだね――。
「…ふふ……」
唇を、そっとその手の甲に触れさせた。
俺のリップクリームを塗った唇は、その人のなめらかな肌に吸い付き、張り付いた。――小さな範囲を舐めてみた。ほのかに甘い。
もっと舐めたい。
しかし、今に彼が起きてしまえば、叶わぬこともある。
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