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                 ――『夢見の恋人』は、俺の夢から始まった。  つまり俺が十二のときからしばしば見てきたあの夢たちに、俺が十三のときに出逢った月下(ツキシタ)夜伽(ヤガキ)曇華(ユンファ)という美少年との()()()のことへ、更に俺の月見の夢想が織り交ぜられてできた――あの『夢見の恋人』は、まさに俺が見た夢の塊そのもののような作品だ。    ただそこに、更にさまざまな情報――設定――を付け加えてもいる。これは、矛盾点ばかりだと気持ち悪く思った凝り性の俺が、なんとなし話の整合性をもたせるために付け加えたものである。  それは例えばカナエとユメミの心理描写だとか、鮮明じゃなかったユメミの家庭環境の設定、物語の進行上多少変更を強いられたカナエの設定だとか、…それにおいて特筆する点をあげるならばやはり、カナエの年齢をユメミ――ユンファさん――と同年代、すなわち同級生に設定したことではないだろうか?    というのも、俺の夢の中ではあまりにもスムーズに、俺と彼は恋人同士になれた。がしかし、現実には()()()()である。  俺は年下の少年ともあって、あのときユンファさんにはまともに取り合ってもらえなかった。――要するに俺のことを「少年」と呼んだユンファさんは、もちろん俺のような年下を恋愛対象とは見てくれなかったわけだ。    あるいは性愛対象になり得ない同性だったから、というのも可能性としてはあるが、それ以前に、少なくとも彼にとってあのときの俺は、()()()()()()()のである。    ユンファさんは、「君のような少年に僕が力で負けることはないんだぞ」というようなことまで言っていた。  あれというのは『どうせお前のようなちんちくりんにそんなことはできるはずがない。でも、もし万が一僕を犯そうとなんてしてみろ、お前のようなちっこいの、僕は絶対に張っ倒してやれるんだからな。』という、たっぷりと侮りの含まれた高飛車な威嚇だ。――まあ威嚇されただけまだマシなのかもわからないがね。    そしてのちの展開からも見るように、ユンファさんは俺という存在を()()、すなわち男になる前の存在、やがては自然の摂理に抗えず激しい欲を脚の間に自覚するとしても、少なくともこの少年はまだ無垢で下心のない――人に肉欲など抱きようもない――清らかな存在である、などと勘違いしていたのだ(まさかのちのち俺に唇を奪われているばかりか、興奮のあまり射精しながら肌を舐められているとは露知らず)。    それはしかし当然だろう。  オメガ排卵期さえ知らなかった少年の俺には、彼に、そのように無欲で清い天使の如く思わせる要素はまあ合ったとしかいえない。まして寝込みを襲うようにして唇は奪ったものの、それはあくまでもユンファさんが知らない内の物語である。  ということで、少なくとも()()()()()では、到底夢でもユンファさんと恋人になることなどまず叶うはずがない、と痛感した俺だった。のだが、とはいえ――それでは夢の中通りのラブストーリーは始まらない。俺もそれじゃつまらない。  元はあの『夢見の恋人』、個人的な願立てのよすがたるバイブル(聖書)にしようと思っていたので、いよいよそれではいけない。    かといって実在のユンファさんを無下にするわけにもいかない。夢を夢だけで終わらせるつもりならそれでいいが、俺が最終的に現実で手に入れたいのはどうしても、あのにべもない態度を取った美青年なのである。    要するに物語上であっても、ユンファさんのあのあしらうような態度を何ら無視するわけにはいかない。  とはいえどもこのままの自分では到底、彼とのラブストーリーが始まる幸福な夢さえも見られない……となると、では俺が見た夢を()()()()()()()()()()において、夢と現の齟齬はどう埋めるべきやら、などと苦悶した俺は――。      己の化身であるカナエを、ユンファさんと同年代の少年という設定にした。設定にした…というよりか、等身大の自分よりももっとユンファさんの恋人に相応しい自分にして、それを起点に更なる空想を膨らませたのである。         

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