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                     また、世間では俺が中二の頃に電撃デビューしたと思われがちなのだが、実は俺がデビューしたのは中二の頃ではなく、正確にいえば中三の春頃のことだ。  俺は中学三年生のころに“pine(パイン)”というペンネームで、作家活動を始めたのである。ちなみに我ながら安直だが、松樹(ソンジュ)を英訳したのがこのpineというペンネームの由来だ。はっきりいって突然デビューが決まったので、よく考えもせず決めてしまった。    また俺はそのpineとして活動しているとき、はじめから九条ヲク家の子息であることも、もちろん中学生であることも一切明かさずに活動していた――のだがしかし、あるとき俺が世話になっていた出版社に務める一人が、欲目を出して俺を裏切った。  それの心理たるは若くして成功した俺への嫉妬か、単なる小遣い稼ぎか…はたまた、その時点でも重版されるほど十二分にヒットしていた『夢見の恋人』だが、その作品をより世間の話題に上らせ、もっと売り上げを伸ばそうと企んだのか――。    さあ? さすがの俺でも詳しいそのところはよくわからない。というのも、顔も知らず会ったこともない人に、俺は売られたようであるからだ。――そうしてその見ず知らずの人はゴシップ系週刊誌に、俺が『九条ヲク家の十四歳のお坊ちゃん』であることを売ったのである。    ただし、その記事が世に出る前に当然、手は打たれた。  そもそも俺の両親は、端から俺の作家活動を腰掛け仕事だと思っている。――つまり、俺がいずれは九条ヲク家の当主の座を引き継ぎ、そちらに集中することを大前提として、俺の作家活動を許しているということだ。    そのため、pineと九条(クジョウ)(ヲク)松樹(ソンジュ)とを紐帯させてしまうことは、両親にとっても都合が悪かったのである。――そうしていつかは雲隠れできるよう、いつでも俺が作家業を引退できるようにと両親は、その記事の『()()()()()()()()()()()()()()()揉み消した。    人は中途半端だと思うだろうか。どうせならその記事自体世に出回らぬよう手回しをすればよいのに、などと。  だが俺の両親はそういう人だ。息子がどうなるかよりも、彼らにとっては、九条ヲク家の名に泥を塗られるほうがよっぽど問題なのである。しかしまあ、英断としかいいようもないのだが。  というのも、どうせ一社に手回しをしてそれが世に出ないとなっても、今度はまた別の出版社に…名も知らぬローカル出版社に…SNSに……などとどこへでも流れてゆく結果は見えている。――そうなって『九条ヲク家の』という文言が抑えようもない場所から漏れるよりか、それだけを消させた情報を世に流したほうがまだマシだったということだ。    そうして九条ヲク家の力を使って譲歩された結果、初出の記事では『pineは()()()()天才作家だった!』と書かれた。――のだが、……俺は、早生まれである。    つまり中三時点ではまだ、俺は十四歳であった。  するとその記事に便乗した他の出版社があたかもキャッチーに、『pineは若き天才、()()()()()()天才作家だった!』などと面白おかしく騒ぎ立てはじめ、あまつさえ『中二にしてセックスシーンを描いた少年作家――このヤマトに近年はびこる性の目覚めの低年齢化』などと社会問題にまで絡め、あたかも深刻げに書き立てた。  しかし俺が思うに、思春期の中学生が性に目覚めていないほうがよっぽど不健全かつおかしな話である。  自分らだってさんざっぱらグラビア写真程度で興奮してきたくせにだ。そんな性の目覚めが遅い早いに一石を投じるより、正しい性教育を今の感覚で明け透けなほど説いたほうが幾分かマシだろうに。    まあそれはどうでもいい。  ここでこの「中二」と書いた記者の思惑を推察するに、中二というと、多く「俺が中二の頃は…」などとその当時の己の未熟さを語り草にする人が多いように、十四歳と年齢でいうよりもっとキャッチーで人の目は集まりやすく、かつひと目でその若さもわかりやすいからではないか? そして本文に十四歳の…と書けば尚いいわけである。  ましてや世間では、早生まれの子のことなど忘れがちであろう。そりゃあ社会に出れば早生まれも遅生まれも無くなるわけで、学生というある種限られた時間においてのみ適用されるその概念では、大人ともなると大概、十四歳の子と聞くなりまず中二だと思うものだ。    何してもそのように、出版社のミスリードを誘う書き方によって、結果――俺は世の中の人に、『中二でデビューした天才作家(なお、ガキのくせにエロい場面を書いたという汚名付き)』などと認識されるに至ったのである。    ちなみに当時、出版社へは取材の打診が山ほど届いたそうだ。  その結果、誰が俺を売ったかも社内調査で明らかとなったようだが(その者の末路はさて?)、俺のほうは一切の取材を受けつけず、また、出版社のほうも作家のプライバシー保護を理由に年齢の真偽は明らかにしない上で、世を騒がせていることへの謝罪と、弊社としてはレイティングの必要ない程度であるとの認識であったことに加え、弊社は作家の芸術性、表現の自由を重んじた、というような釈明の声明を出した。  それで世の人が納得したかどうかはさておいても、要するに俺の年齢は、()()()()()()()()()()()()となっただけである。    とはいえ当時の世の中にも、そこまで目くじらを立てなくとも、という寛容派も少なくはなかった。  そもそもあのベッドシーンはかなり抽象的であり、無知な者が見れば一見、いちゃいちゃした蜜月の会話を交わしているばかりにしか見えない。  性器がどうとも書かれていないが、それで性行為描写と定義付けても、せいぜいがR15とレイティングされる以上のものでもない(が、それを中三とはいえ十四歳が書いたというのだからまあ問題といえばそうなんだが)。  つまり著しく性的感情を刺激する描写ともいえない内容であったのだ。これは要するにエロ漫画の程度ではなく、広くレイティングされていない少女漫画などに含まれるセックスシーン程度であった、ということである。    ただしそうであっても、俺が中学生でありながら未成年同士のベッドシーンを描いてしまったことは事実であり、そのことが世間に露見した結果は――言うまでもなく物議を醸し、世間を大きく騒がせてしまった。  世間の人からは猛烈に批判され、反対に擁護派も多く現れ、結果としてあのベッドシーンは、世間の賛否両論を巻き起こしてしまったわけである。――両者の(ほこ)が完全に下ろされたのは、それからおよそ二年以上も経った後のことであった。       

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